君と、A列車で行こう。

鉄道とシミュレーションゲーム「A列車で行こう9」を中心に綴るブログ。当面、東北地方太平洋沿岸の訪問をメインにしています。

室蘭駅前の回転寿司

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上記の記事の続きになります。

 

 

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到着した室蘭駅では、もうすっかり雨でした。

そして、改札を出て折りたたみ傘を取り出そうとして、どこにもないことに気づく、という。

そういえば、初日に家を出る時に雨が降っていて、その後、乾くまで待とうと旅行カバンの外ポケットに挿しておいたのですが、それがそのままになっていて、何かの時にこぼれ落ちてしまったのでしょう。

じゃあ、ここで傘を買うか? というと、もうここを出たら傘を使うところがないはずなので、それも気が進まないわけです。

1時間ちょっとではそんなにたいしたこともできないし、そういえば子バラモス居てきたし……じゃなくて小腹も空いてきたし、ということで、駅前にあった回転寿司で時間を潰すことにしました。

www.choice-sushi.com

この店が、個人的には結構当たりでした。

どこまで信用するかという話でもあるんですが、ネタによっては水揚げ地を明示していて、しかも北海道産アピールだけではなく、九州や北陸、静岡というのもちゃんと表示しているので、その表示は信用できる気がしました。つまり、私のように北海道産を選んで食べたい人にとっても安心して選べるという感じがあります。

また、一部のネタは「今日は入荷がありません」となっていたのも好感度高めです。

そんなわけで、いくつか「北海道産」のネタをいただきつつ、目の前にディスプレイされていた生ホタテをかち割ってもらって、トロン、ツルン、と味わって来ました。

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店の前あたりから室蘭駅。円筒形の駅舎が印象的。

 

室蘭 15:47→16:00 東室蘭

室蘭から東室蘭へ戻って、乗り継ぎの特急を待っていると、キハ40形の2両編成がやってきました。

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この2両、よく見るとサボの表示が違います。

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片方は「室蘭-豊浦」、もう片方は「長万部」。

なぜ? と思って時刻表を見てみると、豊浦の停車時間が長く、どうやらここで切り離す感じのようですね。短編成の気動車独特の運用。

ただ、JR北海道は、3両×2の6両の電車を、札幌駅で分割してそれぞれ違う方向に運行したり、ということを結構やっているようなので、都市部であっても運用の考え方はあまり変わらないのかもしれません。

スーパー北斗16号 東室蘭 16:10 → 新函館北斗 18:09

やはり徐行運転の影響で、20分近く遅れて到着。

新函館北斗には12分遅れで着いたので、新幹線への乗り継ぎへの影響はありませんでした。

 

もう雨が降りしきり、だいぶ暗くもなってきたので、せっかくの噴火湾の眺望もあまり楽しめる状態ではありません。

写真を撮ろうにも、窓の雨粒にピントが合ってしまうし、車内の光も映り込むしで、もうどうにもなりません。

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まあ、また眺望を楽しめる時に来たいな、と思いました。

そんなこんなで、新幹線に乗り換えて北海道とはおさらば。

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〇年ぶりの北海道は、新しい発見あり、以前との比較による発見もあり、絶景あり、グルメありでとても楽しむことができ、スケジュールを組み替えて強行してよかったと思いました。

この後は宇都宮で降りて、翌日は烏山線、そして日光線と乗ってきたのですが、秋の3連休の快晴の日に、日本有数の世界遺産エリアに乗り込んでしまった悲惨な話は、また改めてどこかで書きたいと思います。

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新十津川から滝川へ

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上記の記事からの続きになります。

2018/10/6 札幌→新十津川→室蘭→宇都宮(2)

新十津川町にて

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まだ、「始発列車」兼「最終列車」まで時間があり、ひとときの賑わいが続く新十津川駅を離れ、バス停がある新十津川町役場へ向かいます。

そういえば、北海道医療大学新十津川間の廃線がいよいよ決まりましたね。

今後、廃線の日が近づくにつれ、乗車する人は急増し、そして残念な出来事も増えていくのでしょうから、この時期に乗れてよかった、と思います。

新十津川町役場は、新十津川駅を出て数分、すぐ近くと言っていい場所にあります。

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道路を挟んで向かいにはファミリーマートもあります。

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別にコンビニが都市の証というわけでもないですが(セイコーマートはびっくりするぐらいどこでも存在してる)、こうしてみるとしっかりした町で、札沼線がもう少し存在意義のある路線であれば、30分から1時間に1本は走っていてもおかしくない、という感じがしました。

新十津川役場 9:56 → 滝川駅 10:10(北海道中央バス

バスに乗って一安心、と油断していてはいけません。

発車してすぐに徳富川を渡りますが、その時左側の車窓に、札沼線がそれこそ石狩沼田まで延びていた頃の橋梁と思われるものが見えてきます。

赤い橋桁にあっと気づいた時には、すでに過ぎ去ってしまっていました。

滝川駅手前には、「滝川銀座」という通りがあります。

が、全国によくある「〇〇銀座」の例にもれず、すでに衰退して寂れてしまっているようでした。

そしてほどなく滝川駅へ。

 

下記の記事へ続きます。

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夕暮れの小樽運河

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上記の記事の続きです。 

 

小樽には、だいぶ昔に一度来たことがあります。

その時には、知り合いが昔オタモイ海岸に住んでいたというので、バスでオタモイ団地まで行って、1mほど積もった雪道を上って海岸の風景を見て帰ってくるだけという、いったい何しに行ったのかわからないような行動をしていたのですが、それはそれで、北海道の雪深さを体感できたという点で意味はあったのだと思います。

で、その時の記憶にある風景と、駅前の眼前の風景がだいぶ違っていたので一瞬戸惑ってしまいました。

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自分の記憶の中にあった小樽というのは、下の写真の奥の方にある低層ビルが立ち並ぶような、そんな風景でした。

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まあ、あれから長い年月が流れ、インバウンドを含めて観光需要が盛り上がる中、小樽駅前が昔日のままであるはずもなく。

 

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手宮線跡。なるほど、線路は遺産として残っていたのですね。

実家近くの貨物線は、廃線になるとさっさと剥がされ、すでに一部はマンションとかに転用されていますが。

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小樽運河アコースティックギターの演奏が似合いそうな、味のある風景。

周辺の建物も、運河とできるだけ調和するように作られているのが素晴らしいと感じました。

さて、この辺で時間もいい感じになってきたので夕食を……。

北海道のド定番といえば海鮮丼でしょ!ということで、それらしい店を探していたのですが。

少し歩いてみたものの、ピンとくる店が見当たらなかったので、結局小樽駅で駅弁を買いました。

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快速エアポート184号 小樽 18:00→札幌 18:32

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ほとんど列車で移動しているだけなのになぜか疲れてきたので、別に必要はないのですがuシートを確保。

小樽を発車したのを感じたあたりで意識がなくなり、そして気が付いたら、定刻より11分遅れで小樽築港を出発したとのアナウンス。

本来であれば日本海沿いの車窓を堪能したいところですが、すでに日が落ちてしまい、札幌までひたすら眠るだけ。

気が付いたら、桑園の駅を通り過ぎ、ほどなく札幌駅へと滑り込みました。

忘れていましたが、この日は平日。金曜日の夜。札幌駅では、帰宅のために多くの人が並んでいました。

いつもそうなのですが、北海道の各地に行った後に札幌に着くと、人の多さがあまりにも違い、まるで別世界のような感覚になります。

これが、札幌への集中という北海道の構造的な問題点を象徴している光景でもあったりしますね。

 

夜の札幌ということで、例えばすすきのに繰り出す、あるいは藻岩山からの夜景に挑戦する、ということもプランにはあったのですが……。

挑戦という言葉を使ったのですが、前に夏の北海道を訪れた時には、全体的に好天に恵まれたにも関わらず、函館の函館山・札幌の藻岩山とも、靄がかかって夜景を望むことができず、リベンジはそれ以来の課題ではあるのです。優先度は限りなく低いですが。

 

結局足が向かったのは、駅前というか駅ビル内にある海鮮居酒屋でした。

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そして今日の活動は終了。

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小樽で買った駅弁は、夜食として美味しくいただきました。

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翌日は下記の記事へ続きます。

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平成から令和へ

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大井川鉄道千頭駅。「ありがとう平成」のヘッドマークを掲げたSL列車。

ゴールデンウィークということで、大井川鉄道のSL列車は客車7両編成、南アルプスあぷとラインは客車5両+機関車1両+客車3両+機関車1両(+アプト式機関車2両)という長編成での運転でした。

 

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常磐線不通区間(当時は竜田~浪江間)の代行バスから。

本来なら、作物が育つ広大な田畑が広がっていたであろう荒野。

平成が残した大いなる負債から、目をそらすことはできませんが。

 

令和がいい時代になることを願って、これまで見た中で印象に残った富士山の写真を何枚か貼っておきます。

 

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JR身延線富士宮西富士宮間からの富士山。

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静岡鉄道・柚木駅付近の歩道橋からの富士山。

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富士急行河口湖駅と富士山。

スーパービュー踊り子に乗って

下記の記事の続きになります。

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新宿から乗り込んだ「スーパービュー踊り子1号」は、山手線に沿って南下し、大崎を過ぎて横須賀線に合流、そして東海道線に転線、と進んでいきます。

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スーパービュー踊り子(写真は伊豆急下田駅で撮影)

少し強引に「A列車で行こう」に絡めた話をすると、A.IVの頃、有料特急用の車両としてよく使っていたのがこの251系でした。まだ初期の上品なグレーの塗装でした。
当時はクオータービューの車両も豆粒みたいで、ほとんど色だけで区別するようなものでした。

各駅停車はAR4のベージュ色。急行は名鉄パノラマカーの赤。特急は近鉄アーバンライナーの白。準急を設定する場合は外国の車両(どこか忘れた)の青。
いつもそんな感じで、有料特急を設定するときには、この251系や253系のように、ちょっと上品な感じの色の車両を使っていたのです。

なので、乗るのは初めてですが、「ようやく会えた」的な感覚もあったり。

 

この車両は確かに、窓が広くハイデッカーあるいは二階建てで、両側の先頭車には展望席もあり、全体として「スーパービュー」を意識した車両なのですが、何度もリニューアルを繰り返したためなのか、席によっては窓の切れ目が目の前にあり、まったくスーパービューではなかったりします。

指定席を取る時には要注意と言いたいのですが、例えば、伊豆急が公開している座席表がこちら。

https://www.izukyu.co.jp/train/pdf/sheet_251.pdf

これを見ても、どの座席がハズレなのかなんてさっぱりわかりません。

ハズレに当たってしまったら、運が悪かったと諦めるしかないんでしょうか。

 

さて、茅ヶ崎あたりからちらちらと海が見えてくるのですが、二宮駅を出ると海岸沿いを走るようになります。

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湯河原駅付近。旅館らしき建物がいくつも見え、行楽地の雰囲気が漂ってきます。

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そして、熱海を過ぎて列車は伊東線へ入り、だんだんと伊豆の雰囲気が出てきました。

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伊東駅を過ぎ、伊豆急に入るとすぐに見えてくるのが、関東では「伊東に行くならハ・ト・ヤ」でおなじみハトヤグループの建物。

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前回伊豆に行った時は、新幹線の一番早い列車で熱海に行き、そこから各駅停車に乗り換えてほとんど眠っていたため、道中の車窓はあまり楽しめなかったのです。

今回はその分、しっかり楽しんでいきます。

 

やがて、伊豆急の拠点駅である伊豆高原駅(IZ 06)に到着。

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ここで、上り列車との交換のため長めの停車時間がありました。

留置線には、最近、北海道に派遣されることが発表されて話題となっている「THE ROYAL EXPRESS」がいました。

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外観は、はっきりいえば水戸岡テンプレートです。

骨格の違いを除けば、例えば京都丹後鉄道が誇る「丹後の海」とデザイン面でどう違うのか、よくわかりません。

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京都丹後鉄道の「丹後の海」。特急「はしだて」「まいづる」等で運用し、京都駅にも乗り入れる。

正直なところ、金持ち鉄道会社のイメージしかない東急が、貧者の味方水戸岡鋭治を起用し、貧者のためのテンプレートをそのまま利用するというのはかなり意外でした。

ただ、それよりも「ななつ星 in 九州」や「或る列車」のような内装の高級化を手掛けたところに価値を見出した、ということなのでしょう。

北海道への派遣についてはまた別に語る機会があるかもしれませんが、個人的にはとても楽しみにしています。

さて、その奥では、伊豆急の観光向け列車「リゾート21」のうちの「キンメ電車」が整備中でした。

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今回、できればリゾート21にも乗りたかったのですが、結局時間は取れず、またの機会に持ち越しになりました。

新宿では停車時間があまりなく、じっくり見ることができなかったスーパービュー踊り子の車両。

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先頭部分が写ってないのは、車掌が立っていて映り込むのを避けたため。

外板の破損を見つけた時、ああ、この車両ももう長くはないんだ、ということをしみじみと感じさせられましたですね。ヌードルバー付きの新車がデビューするのは来年でしたっけ。

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伊豆熱川(いずあたがわ)駅(IZ 09)。熱川温泉の玄関口であり、あちこちの旅館から湯けむりが立ち上っていました。


そして片瀬白田(IZ 10)~河津(IZ 13)間では、一部で海岸沿いに線路が走り、雄大な海の眺めを楽しむことができます。伊豆急随一の撮影ポイント。

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「晴れていれば」伊豆七島が見えます、というおなじみのアナウンスを聞かされるわけですが、この辺、最近実験が始まっているVR(仮想現実)を利用しての案内ということも、今後普及していくのかもしれないですね。

 

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河津駅を過ぎ、河津川を渡るところ。河津桜が満開になれば、この川沿いも桜で埋め尽くされるはずですが、この時点では一分咲き~二分咲きとのこと。訪れるのは少し早かったようです。

 

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河津駅を過ぎると、ほどなくして伊豆急下田(IZ 16)へ。そのすぐ東側に、寝姿山という山があります。
以前、「女性が寝ている姿に見えるところから名づけられました」と聞いたのですが、なるほど、たしかにそのようにも見えますね。

 

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伊豆急下田駅の出口。うん、誰がデザインしたのかすごくわかりやすいですね。

以下は帰りがけに撮った待合室。椅子や棚のデザイン、木のボールが詰められた子供向けのプール。これもおなじみですね。

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留置線には185系電車が停車していました。これまた、中央線からE257系が異動してくるとのことで、先行きが見えてきた車両ですね。

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下車して、大きな荷物をロッカーに預けたりという諸々の準備を済ませ、それから下田の街に出るのですが、また次回ということで下記の記事からどうぞ。

 

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終わりと始まりをつなぐもの

溜めてたのをまとめて視聴。公開順とは違いますが、視聴順に並べました。

1期最終話が30分あって、なかなか手が出せませんでした。

 

予想外の展開でかなり面白かったです。

映像面も遠景も組み合わせたアングルの取り方がよくて、シリーズが始まった時の印象よりもだいぶクオリティが上がっている気がしました。

1期の終わり方について、佳境に入って突如別マップへの直通が出てくるというのはこれまでさんざん見てきたので、ああまたですか、みたいな感じもあったのです。

それが、期待以上とか以下とかではなく、まったく別次元で裏切られることになるとは。

新シリーズは雰囲気もガラッと変わっていて、そのあとで弥急の動画(12.1話)を見たので、おなじみのBGMと見慣れた路線に安心感を覚えたりしました。

結末として2期と1期はつながることになると思うのですが、どういった形で進んでいくのか、とても楽しみです。

 

作者の方は意識していないと思いますが、自分が動画で使用させていただいたBGMが出てくると、ちょっと親近感を感じたりしますね。

南伊豆フリー乗車券で行ってきた

最近、ちょっと鉄道やA列車から遠ざかっていましたが、久々の更新になります。

 

南伊豆フリー乗車券|JRで行く、伊豆の旅行|JR東日本 伊豆・箱根・湯河原 温泉いっぱい花いっぱい

こちらの乗車券を利用して伊豆に行ってきました。

 

伊豆に行くのは今回が2度目になります。

前回は2年前、伊豆急行伊豆箱根鉄道駿豆線)の乗りつぶしを主目的に、下田の風景や河津桜を見て天城峠を越えて修善寺に出て……というコースだったのですが、いかんせん日帰りのためとても慌ただしく、もう少し時間をとってまた訪れたいと思っていました。

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伊豆急下田駅近く、寝姿山からの眺望。遠くに伊豆七島の姿も

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同じく寝姿山から、下田市街の眺望

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咲き誇る河津桜伊豆急行

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河津川沿いの桜と菜の花

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天城峠バス停

「南伊豆フリー乗車券」とは?

まずはこの簡単な紹介から。

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「南伊豆フリー乗車券」のフリーエリア(JR東日本Webサイトより)

東京都区内・横浜市内・小田原を出発地として、上記フリーエリアとの往復と、フリーエリアの電車・バスが乗り放題、有効期間は2日間という乗車券。別途特急券・グリーン券等を買えば、特急やグリーン車を利用することもできます。

伊豆急行伊豆半島東海岸を走る路線ですが、石廊崎は南西の岬であり、松崎や堂ヶ島は西海岸と、伊豆急下田駅を中心に案外広いエリアをカバーしています。

西海岸の方は何があるのかと思ったら夕陽の名所らしく、それも今回は楽しんでみたいと思っていました。

 

そんなわけで、雪が降るかもと言われていた寒い曇りの日、新宿から「スーパービュー踊り子1号」に乗り込みました。

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スーパービュー踊り子(写真は伊豆急下田駅にて)

実際の旅程については下記の記事からご覧ください。

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東京・京都・札幌。まだまだ再現系は面白い

2019年、あけましておめでとうございます。

今年もぼちぼちと更新をしていきたいと思います。

動画の方も、まあ、それなりにぼちぼちと……。

 

 

ついに完結とのことで、お疲れ様でございました。

東京中心部マップは、A9初期の頃に全A列車界に衝撃を与えました。

個人的には、大阪中心部再現マップをぼちぼちと作成中のところ、先を越されてしまって衝撃でした。詳しくは「大阪再現」カテゴリを見ていただければ。

 

それにしても、今回の山手線走行シーンでは初期との比較も見ることができますが、表現力の差は歴然としていて、8年以上にわたるA9の進化がよくわかります。

再現系動画は、「再現にどこまでこだわったか」「対象エリアにどこまで愛着が感じられるか」が大きなアピールポイントで、このシリーズはそのお手本といえるものではないかと思います。

 

こちらは、今までありそうでなかったような気がする京都中心部。V5になって、梅小路鉄道博物館もそれらしい感じで表現できるようになりましたね。

京都とはそこそこ縁があったので、「ああわかるわかるー」みたいな感じで楽しめました。2分40秒あたりの、京都駅前にバスが連なる映像は爆笑ものです。

あと、35秒あたりの「(東海道線は現在事故により運転見合わせ中)」というのも、人身事故お客様との接触が頻発することを知っているとちょっとツボに来る感じです。

ただ、特に郊外の住宅地は雑に埋めた感じが拭えないので、そこをもっとこだわっていくとさらに楽しいものになるかと思います。

 

 

うん、そういうスタイルで来るんじゃないか、という予感もありました。

正式版第一弾として作りたいものは決まっています。
ずっと決めてたんです。短めの動画です。

構成と音楽は既に決めました。

ただ撮影が凄く難しいのです。
上手く表現出来れば良いのですが…。
結構時間がかかりそうです。

札幌近郊マップ進捗報告?(170)【A9v5プレイ記 第371回】 : 日々綴 〜毎日更新し続けるブログ〜

 

この辺が、なんとなく気になっていたのです。

それにしても、当時は満足に動画が作れるスペックのPCではなく、「ならば全部プレビューモードで作ろう!」と決めて、BGMに合わせてシーン設定を何度も微修正していったことを懐かしく思い出します。

 

以前、札幌~小樽間をモチーフにしたマップのダイヤを作成した時には、「あくまでモチーフです」という言葉に甘えすぎて、独自解釈を盛り込みすぎてFuchsさんの思い入れを活かしきれなかったような……というのが反省点としてあるのですが、今回の動画を見た限りではその辺、中之宮の人さんがうまくやっていそうな感じ。

 

これのオリジナル?の動画を作った時、やはりプロジェクト第1弾として、あえて情報を出さず、謎を残した形にすることを意識していました。それでも小樽とか張碓とかバレバレでしたけど。

今回もそのスタイルを踏襲しているようなので、おそらく詳しいことは今後の動画で出てくるのではないかと思います。

特に、定山渓鉄道、旧千歳線北海道新幹線とかのIF部分がとても楽しみですね。

 

函館本線の札幌付近は前回の動画と重複する部分もあるのですが、その辺と思われるところを見比べてみても、やはりV1と比べて街の表現力が格段に上がっているのが見て取れます。さすが、ずっと細かく手を入れていただけのことはある感じです。

 

最後の方で、特急が2本同時発車するシーンがあって、気になって調べてみると、夜にはなりますが20:00と22:00に、函館・室蘭方面と旭川方面の特急の同時発車があるのですね。なるほど。

「エスカレーターは立ち止まるべき」とは?

広い意味では鉄道だけではないんですが、鉄道事業者がやってることということで。

 

エスカレーターでの転倒事故を防止するために東京駅にて「エスカレーター歩行防止対策」を試行します
https://www.jreast.co.jp/press/2017/tokyo/20181211_t01.pdf

 

あのJR東日本が東京駅でやりだした、ということで、いろんなメディアが取り上げているようです。

この件、論点はいろいろとあって、その全部に言及すると到底キリがないのですが、ここでは「お客さまの転倒事故を防止するため」という目的が提示されているので、そこに絞って書きたいと思います。

 

この取り組みには2つの欺瞞があります。

 

1つは、エスカレーターでの駆け下り・駆け上がりと、通常の歩行を意図的にごちゃ混ぜにしていること。

上記のリリースでも、駆け上がり・駆け下りが危険だということは提示されており、それは一般的に受け入れられやすいことだと思いますが、一方で、「歩くことがなぜ危険か」ということは一切提示しないまま、「歩かないでください」と禁止しようとしています。

多くの人は、エスカレーターを歩くとき、隣や前後の人にぶつかったり、ステップを踏み外したりしないよう、通常払うべき注意を払って歩いているはずです。それの何が危険なのでしょうか。

 

これはJR東日本に限った話ではありません。

www.n-elekyo.or.jp

日本エレベーター協会が、「歩かないで!」と呼びかけるためのアニメでも、なぜか駆け下りのシーンだけが提示されており、普通に歩くことがなぜ危険なのかはさっぱりわかりません。

 

もう1つの欺瞞は、上記のリリースから引用すると「お急ぎのお客さまは、付近に設置されている階段をご利用いただくこと」という点にあります。

エスカレーターを普通に歩くと、当然エスカレーターの動力が加わってそれなりの速度になります。

これと同じ速さで階段で移動しようと思うと、それなりに急がなくてはいけません。エスカレーターで歩く以上に、周囲への注意が行き届かなくなります。また、エスカレーターは方向が固定されていますが、階段では、一応の区切りがあるとしても、上る人と降りる人が混在しており、危険性はエスカレーターよりも高くなります。

つまり、この呼びかけは、「エスカレーターでの危険さえ排除できればいい」「他のところでもっと大きな危険が発生しても知ったことではない」ということに他ならず、それが正しい対応策だとは到底考えられません。

 

別の論点について1つだけ触れると、メーカー側の言い分として「エスカレーターはそもそも歩くような設計になってない」という主張があります。

ならば、歩きにくいようなエスカレーターを開発すべきです。

「どうぞどうぞ歩いてください」と言わんばかりの形状しかないのに、歩くことを想定していない、というのはかなり無理があります。

 

確かに、一部、危険な利用をする人はいるかもしれません。

ですが、多くの人は周囲に注意しながら、事故が起こらないようにして歩いています。

ならば、そのすべてを禁止するのではなく、現実的に「片側空け」が定着していることを踏まえて、本当に危険な行為をいかに減らせるか、という視点で対応策を考えるべきではないでしょうか。

 

今の取り組みの進め方は、運用側(メーカーや施設管理者)が、歩行を禁止したい本当の理由を隠蔽したまま、実はまともに成立していないいろんな理由を掲げて、利用者に不便を押し付けようとしているようにしか見えません。

こういうやり方は好きではないです。

「高輪ゲートウェイ」はなぜ炎上したのか

とても興味深い現象だと思って見ています。

 

www.sanspo.com

山手線の29駅、せっかくきれいな漢字が並んでいたのに30駅目でまさかの“横文字かぶれ”…。「ゲットアウェイ」(立ち去れ)ではなく開発エリアの玄関口の意味らしいが、いかにも外国人を意識した五輪ありきの発想。駅名にはインパクトもひねりもいらない。分かりやすさが大切なのに、わざわざ余計なものをつけるセンスは分からない。 
毎年多くの人が集まる14日の泉岳寺義士祭も間近。圧倒的1位なのにスルーされた「高輪」の応募者のために「われら一党、そのご無念を晴らす」と大石ら四十七士が当日、打ち揃ってJR東日本に討ち入りならぬ談判に…。まだ考え直す時間があるのでは。

www3.nhk.or.jp

新駅に近い「高輪泉岳寺前商店会」では、地元の名前をPRしようと駅名を「高輪」にしてほしいと、チラシを配布したり署名活動をしたりしてきました。

商店会の会長の石川進さんは「正直、なんだか微妙な駅名だと思いましたが、高輪と入れてもらえたので、がっかり半分、喜び半分です。今後はこの名前をもとに、地元を盛り上げていけるように頑張りたいです」と話していました。

また高輪に住む20代の女性は「あまり聞かない駅名でかっこいいなと思いました。いろんなお店や施設が入った便利な駅になってほしいです」と話していました。

高輪に職場がある女性は「響きはいいと思いますが、『ゲートウェイ』がつく施設は多いと思うので、省略すると間違えたりしないかなと思ってしまいます」と話していました。

近所に住む小学生の男の子は「外国の名前みたいだなと思ったので、もっと日本だとわかるような駅名のほうがよいと思いました」と話していました。

 

私自身の感想は前回の記事(「品川新駅」は「高輪ゲートウェイ」に - 君と、A列車で行こう。)で書いた通りですが、改めて考えてみると、炎上すべくして炎上したという感じもします。

 

その1つは、「ゲートウェイ」という単語の意味が理解されていない、ということ。

翌日に東京メトロ日比谷線の新駅として発表した「虎ノ門ヒルズ」が、「既存施設名そのままでわかりやすい」と好意的に受け入れられていたのとは対照的です。

JRは「ゲートウェイ」の意味も含めた選定理由を以下のように説明しています。

この地域は、古来より街道が通じ江戸の玄関口として賑わいをみせた地であり、明治時代には地域をつなぐ鉄道が開通した由緒あるエリアという歴史的背景を持っています。
新しい街は、世界中から先進的な企業と人材が集う国際交流拠点の形成を目指しており、新駅はこの地域の歴史を受け継ぎ、今後も交流拠点としての機能を担うことになります。
新しい駅が、過去と未来、日本と世界、そして多くの人々をつなぐ結節点として、街全体の発展に寄与するよう選定しました。  

 (http://www.jreast.co.jp/press/2018/20181201.pdfより)

 

しかし、駅名公募の際のニュースリリースでは、

田町~品川駅間では「グローバル ゲートウェイ 品川」のコンセプトワードのもと、国際的に魅力のある交流拠点の創出と『エキマチ一体のまちづくり』の検討を進めています。 

 (http://www.jreast.co.jp/press/2018/20180604.pdfより)

と、再開発プロジェクトのコンセプトが「グローバルゲートウェイ品川」であることが明記されており、これにちなんだ駅名であることは明白です。

なぜ駅名発表の時にこのキーワードを提示せず、「古来より街道が通じ江戸の玄関口として賑わいをみせた」などという、どうでもいいような話を提示するのでしょうか。

まだ再開発エリアの具体像が見えていないということもあり、「ゲートウェイ」という単語の意味がまるで理解されていない、ということが炎上につながった1つの理由ではないかと考えます。

深読みをすると、再開発プロジェクト自体が何らかの形で挫折していて、あまり表に出せなかったのではないか、という邪推もできてしまいます。

 

もう1つは、広報戦略として「駅名公募」という方法が適切だったのかどうか、進め方に問題はなかったか、という点です。

今回と同じように駅名を公募し、そして同じように不評だった駅名に、JR西日本嵯峨野線に新設予定の「梅小路京都西」があります。

この時、JR西日本は以下のように選定理由を説明していました。

梅小路」は、京都市の駅名公募結果においてもキーワードとして最多数であった。また、京都駅の西側約1.7キロメートルに位置し、京都観光の新たなサブゲートとなることから「京都」「西」を付与した名称とした。

JR嵯峨野線 京都・丹波口間新駅 駅名の決定:JR西日本より)

つまり、実際はどうあれ発表内容としては、キーワードの最多数が「梅小路」であったことに言及し、それを踏まえて選定したとしています。

こういう形であれば、まあなんとか、公募の顔も立ったと言えるのではないかと思います。

ところが品川新駅の場合、圧倒的1位が「高輪」で、共通ワードがあるにもかかわらずそのことに言及せず、しかも「高輪ゲートウェイ」が130位であることを公開してしまったので、「それでは何のための公募なのか?」と言われても仕方ない面はあるのではないかと思います。

要は、このへんの発表の仕方が非常に下手だ、と思うのです。

例えば、「応募の中で最多数であった『高輪』と、新しい街のコンセプト『グローバルゲートウェイ品川』の中核ワードである『ゲートウェイ』を組み合わせて駅名とした」という説明なら、納得する人もそれなりに多かったのではないかと思います。

 

前回の記事でも、「駅名公募なんて、本気で名前を募集するのではなくPRの仕掛けにすぎない」ということを書いていますが、だとしても、その仕掛けが適切だったのか、という評価軸はあり得るでしょう。

一方的に発信するだけの広報と違って、6万件以上も、採用されることを期待して応募した人がいるのですから、その多くの人がかけた手間に見合う納得感は必要になってきます。残念ながら今回は、そうはならなかったということでしょう。

 

秋に初めての計画運休をやって、不慣れでいろいろと問題点が出たのと同様、初めての駅名公募を行って不慣れでいろいろと問題点があった、ということになるのではないか、という気がします。

すでに撤回要求なども出ていますが、今後「高輪ゲートウェイ」が受け入れられるかは、再開発全体が成功するかどうかによると思いますので、そちらを着実に進めていただきたいですね。