君と、A列車で行こう。

鉄道とシミュレーションゲーム「A列車で行こう9」を中心に綴るブログ。当面、東北地方太平洋沿岸の訪問をメインにしています。

福岡県添田町・東峰村に5人の作曲家が滞在し、制作した楽曲の初演コンサート

2024年3月31日、満開の桜のもと添田駅に向かう日田彦山線BRT(彦山駅

3月31日、福岡県添田町で行われたコンサート「5人の作曲家と宮川彬良」を観覧してきました。

2023年度の福岡県の事業として、2017年の九州北部豪雨で被災し、JR日田彦山線が鉄道からBRTへと転換された添田町東峰村の地域振興を目的とした、AIR(Artist In Residence)事業が行われていました。

このコンサートはその集大成となるもので、現地にのべ1か月ほど滞在してさまざまな体験をした5人の若手作曲家が、その経験を踏まえてオーケストラで演奏する曲を作曲し、初演として披露されました。

www.pref.fukuoka.lg.jp

音楽に絞ったAIR(Artists In Residence)と、それが添田町東峰村で行われた理由

AIRとは、芸術家が一定期間ある場所に滞在し、地域住民との交流を通して芸術活動を行うというもので、日本でも様々な形で行われているそうです。

ただ、これまでどんな事例があるのかと調べてみましたが、造形芸術に関するものが多く、音楽に絞ったAIR事業という事例は、私が見た限りでは見当たりませんでした。おそらく、なかなか珍しい事例と言えるのではないかと思います。

この事業は、アドバイザーとしてバイオリニストの西本幸弘さんと作曲家の宮川彬良さんが参画されたものでしたが、音楽でのAIRという企画については西本さんの発想がもとになっているそうです。

西本さんは今回演奏された九州交響楽団の他、仙台フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターも務めておられますが、仙台では東日本大震災の復興支援として活動された経験があり、また、留学中のイギリスで行われているAIRを目の当たりにしたことなどから、今回、豪雨災害からの復興支援、地域振興支援としてAIRを行うという発想につながったとのことでした。

地域振興による公共交通活用の取り組み

そもそもの動きは、2020年10月、「福岡県日田彦山線沿線地域振興推進協議会」が設立されたことから始まります。

この年の7月、2017年の九州北部豪雨で被災したJR日田彦山線添田駅夜明駅間について、鉄道での復旧を断念し、JR九州が提案したBRTでの復旧とすることが決まりました。JR九州がBRTの整備工事に着手する一方、沿線ではBRT導入後の地域振興について協議が進められ、翌年2月には地域振興計画が策定されたそうです。

この計画に基づき、主に以下のような取り組みが進められてきたとのことです。

  • 美しい景観を活かした映画やドラマのロケの誘致
  • 「日本の名水百選」に選ばれた岩屋湧水などの「水」を活用したオリジナルブレンドコーヒーや専用コーヒーカップの開発
  • ジビエを活かした商品開発

今回のAIR事業もそうした沿線振興の一環となります。

鉄道をはじめとする公共交通の活用というのは、今は日本中で課題となっていることですが、私の考えとして、沿線の環境を変えることなく、単に公共交通の利用者だけを増やそうとする試みはあまり意味がないし、持続性がないと思っています。

そもそも、自家用車が普及して道路も整備され、相対的に公共交通が使いにくくなったから誰も乗らなくなったのであって、気が進まないのにイヤイヤ乗せるような取り組みが続くはずがありません。

それよりも、地域全体としての振興を図る中で、例えば人口の減少を抑えられればその分、公共交通の利用者の減少も抑えられるし、観光客が増えればその増えた割合だけ、公共交通の利用者も増える。そういった形で公共交通の利用拡大につなげていく方が、持続性があって望ましいのではないかと思います。

そういう考えもあって、この沿線の取り組みには注目していたところです。

福岡県の取り組みはこの沿線協議会だけではありません。MaaS(Mobility as a Service)の導入も推進しており、日田彦山線BRTの他、久留米市街地エリア、有明海沿岸エリアでもMaaSアプリを活用した企画乗車券を展開しています。私もこの日とその前日、このMaaSを活用してBRT沿線を巡り、各地で満開となっていた桜を堪能してきました。

fukuoka-maas.jp

沿線自治体の公共交通に対する取り組みといえば、富山県富山ライトレール導入やJR城端線・JR氷見線の経営移管)や熊本県(JR肥薩線の復旧)のような、鉄道に直接大規模な投資をする動きが注目されがちですが、こうした取り組みももっと注目されて良いのではないかと考えます。

披露された楽曲についての感想

さて、コンサートの話に戻ります。

会場は添田町のオークホールで、JR日田彦山線西添田駅の駅前にあります。定員540人のところ、ざっと見てだいたい8割ぐらいは埋まっているようでした。

福岡県知事・副知事、添田町長、東峰村の村長も来場し、パンフレットには県議会議員からもコメントが寄せられ、テレビ局らしき取材も入るなど、かなり注目を集めるものとなっていました。

(左)コンサート会場の添田町オークホール (右)会場内で展示されたAIR事業の紹介の一部

前半は宮川彬良さんの指揮でポピュラーな楽曲が演奏された後、休憩を挟んで後半がいよいよ、AIR事業で制作された5曲の初演でした。

この日、平川範幸さんの指揮、九州交響楽団の演奏で披露された5曲は、それぞれに異なる魅力を持つ素晴らしいものでした。1度聴いた記憶だけで感想を書くのもなかなか難しいのですが、曲についてのコメントや、演奏後に登壇されたそれぞれの方の発言も踏まえて書いてみたいと思います。

楽曲についての作曲者のコメントは、下記資料に掲載されたものを引用させていただきました。

AIR事業参加の5人の作曲家/楽曲名とコメント (福岡県)
https://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/attachment/218074.pdf

西下 航平さん/管弦楽のための祝典序曲

縁もゆかりもなかった福岡県。ひょんなことからこの地に1か月近くも滞在し、東峰村添田町の皆さまとこんなに交流を図ろうとは夢にも思いませんでした。今回私が作曲したのは「祝典序曲」。めでたいことの頭に演奏するような作品です。今回のプロジェクト、そしてこのコンサート。地元の皆さまなくして成り立ちえなかったものです。そんなめでたい日に、ちょこっとお祝い。オーケストラが魅せる様々な顔を一曲で楽しんでいただける作品になりました。

資料などではおそらく、作曲家のお名前の五十音順に並べられているのですが、ここでは実際に演奏された順で書いていきます。

コメントに「めでたいことの頭に演奏するような作品」とある通り、5曲の中で最初に演奏された楽曲でした。

オーケストラの力強いテーマで始まり、中間にはゆるやかな抒情的な部分があり、力強いテーマが再現されてエンディングに向かう、という構成。

楽曲の構成をイメージするのにわかりやすいのは、NHKで日曜夜8:00から放送される大河ドラマのオープニングテーマだと思います(今は、紫式部が主人公なので曲調としてはちょっと毛色が違いますが)。

桜が満開となった東峰村宝珠山駅。たくさんの人が桜を見に訪れていた(2024年3月30日)

実は、最初は少し戸惑いもあったのです。タイトルは、言ってしまえばどこにでもあるようなものだし、コメントを見ても添田町東峰村の地域性が表現されているわけでもない。実際に聴いてみても、中間の抒情的な部分、特にオーボエがメロディーの部分に鄙びた感じはあるものの、何か明確に表現したいものがあるという感じでもありません。

しかし改めて考えてみると、この曲は、他の4曲とは大きく違う点があるのかなと思いました。添田町東峰村に滞在して、個人として受け取った何かを表現した曲というよりは、一歩引いてAIR事業全体を俯瞰し、その結実を祝うような楽曲なのかな、と考えました。

企画の主催者や、作曲家として滞在した5人だけではなく、地域でそれを受け入れ、ともに過ごした多くの方々があっての企画であったこと。そうしたみんなの力で結実させたものを祝う音楽、という意味では、やはりこの日のコンサートにふさわしい楽曲だったのだろう、という考えに至りました。

須田 陽(みなみ)さん/月冴ゆる~東峰村添田町を巡って~

東峰村添田町の豊かながらも厳かな自然の美しさと厳しさ、村民・町民の中にある温かさと強さを音で表現しました。自然に由来するものを和音に、人々に由来するものをリズムや旋律に表しています。作品の中でも特筆すべきは、英彦山にまつわる豊前坊大天狗の伝承から着想した「天狗のテーマ」です。

天狗のテーマ:https://youtu.be/MnOm5qGDVJQ?feature=shared

曲中の至る所に現れます。

須田さんは東京藝術大学大学院に在籍されている方で、5人の中では一番若いのだとか。オーケストラのために曲を書いたのも初めてだし、指揮を専攻しているのに、プロのオーケストラと初めて仕事をしたのが作曲の方だったと笑いを誘っていました。

コメントに「自然に由来するものを和音に、人々に由来するものをリズムや旋律に表しています」とある通り、和音の変化が地域の多様な風土を表現し、様々なメロディーが、人々の生きざま、守り続けてきた伝統や風習、次の世代へ受け継いでいくもの、といった営みを表現しているのが感じられました。5分間にわたる多様な表現を堪能できる曲でした。

三大修験道の1つとされる、添田町英彦山神宮の奉幣殿(2023年9月)

和音と言っても、シンプルなコードネームで表せるような単純なものだけではなく、むしろ「音の積み重ね」ともいうべき複雑な構成も多く、この地域が紡いできた重層的な歴史の表現であるようにも感じました。

地域に滞在して受け取ったものを、とても実直に表現された音楽という印象を受けました。

小鹿 紡(こしか つむぎ)さん/ひかりのみち

長年の歴史や昔から大切に継がれてきている伝統、そこに在り続ける自然の時間軸のイメージを一定のリズムで流れるマリンバに重ね、その時々の光によって表情が変わる様をオーケストラの楽器の重なりによる色彩で表しました。具体的な対象のモデルは設定しておらず、聞き手それぞれが自由に感じ取れるような余白を意識しました。この土地でのかけがえのない思い出や、暮らす方々の未来に光を照らせる音楽であれたら幸いです。

少しミステリアスな感じの曲。この曲の聴きどころはなんといっても、曲中に何度か流れるマリンバの超絶技巧です。

実際の楽曲を再現したものではなくあくまで音符的なイメージになりますが、下記の楽譜のような感じのフレーズが随所に流れます。こんな細かい音符をひたすらマリンバで叩き続けるのです。

譜面では9小節分だけですが、もっと長く繰り返されるフレーズを土台として、その上にオーケストラの演奏が乗ってきます。

このマリンバのフレーズこそが主題となる「ひかりのみち」だそう。道といってもビシッと整ったものではなく、水面に映り込むムーンロードのような、形の定まっていない抽象的なものなのかなと思いました。

海面を照らす月明り(宮城県気仙沼市で撮影)

マリンバの上でオーケストラで表現される様々な「光」は、強さ、厳しさ、暖かさ、希望、美しさといった、光が持つ様々な表情を描き出し、そこから間接的に地域の様々な物事を表現しているように感じました。

そして、地域がこの先進んでいくのが光の道であるように、という願いが込められたものでもあったのだろうと思います。

東 秋幸さん/ハルキタリキキムカウ 春来喜気迎

小雨が降る中を散策した岩屋神社。そこで聴いた鐘の音が着想のきっかけでした。災害の爪痕、鉄道列車の記憶、優しく語りかける自然、まわるろくろ、ひらめきと思いやりにあふれた器たち、英彦山神宮で感じた大きく静かな力、雪の高住神社の神秘的な光景…この素晴らしい土地とそこに暮らす人々の営み、そして子どもたちが、これからもずっと光の中にありますように。「ハルキタリキキムカウ 春来喜気迎」は祈りと祝祭の音楽です。

冒頭、静かに奏でられる和音の上で、打楽器が「チッチッチッチッチッ……」と規則的なリズムを奏でます。

それが何なのかは聴いた時にはわからなかったのですが、後のお話では列車が走る音を表したもので、日田彦山線の列車が走っていた頃の地域の記憶、といったことの表現なのだそうです。その昔、沿線には炭鉱があり、映画館もあったとか。

私もこの前日、東峰村大行司駅で村の風景を見ながら地元の方とお話をしていて、今の東峰学園(大行司駅から西に少し進んだところにある小中学校)があるあたりが炭鉱であったこと、この路線にブルートレインが走って鉄道ファンが大挙して押しかけてきてびっくりしたこと、筑前岩屋駅に隣接する岩屋湧水の給水所は以前は無料で、県道まで凄い車の列ができていたこととかを伺ったりしていました。

大行司駅から見る東峰村の風景(2024年3月30日)

「ハルキタリキキムカウ」というカタカナのタイトルから、少し読解力が必要そうな楽曲なのかな、というイメージを抱いていたのですが、地域の記憶、今のありようから未来への希望を描いた堂々たる楽曲でした。前に演奏された「ひかりのみち」が現代音楽風だったのと比べると、宮川さんが「絵のない映画音楽のよう」と表現された通り、親しみやすい曲でした。

5人の作曲家の方が滞在されたのは秋から冬の時期でしたが、実際に春を迎え、桜が満開となった中で聴いても、ああ、こういうのを待っている曲なんだな、と実感を持って感じられるものでした。

「祈りと祝祭の音楽」とコメントにありますが、祈りといっても、何の根拠もない無責任な祈りではなく、滞在して体験したことに基づく信念のようなものなのではないか、と思いました。

また、この曲と次の「ひこ星きらめく」では、英彦山の魔よけ、虫よけのお守りである「英彦山がらがら」が楽器として使われていました。

unagino-nedoko.net

お土産としても知られる英彦山がらがら。鈴なのですが、金属の鈴ではなく土を焼いて作られる鈴です。その窯元は日田彦山線BRT(BRTひこぼしライン)で新設された深倉駅のそばにあります。

鈴なので当然音が鳴るし、楽器として使いたくなります。

ただ、1つでは大人数のオーケストラに対しては弱いようで、8個のがらがらをワイヤーでつないだものを使ったそうです。こういう地域でおなじみのアイテムが活用されると嬉しいですよね。

林 そよかさん/ひこ星きらめく

未知の地に一人で滞在、一番最初は不安もありましたが、そんなものはすぐに吹き飛びました。現地での約1か月の生活は、毎日がきらきらと輝いていました。星が落ちてくるのではと思うくらいの満天の星空に感動した鮮やかな記憶、そしてたくさんの温かい皆さまとの出会いを通じて過ごした光り輝くような日々を重ねて、この曲を作曲しました。

この曲でも、前の「ハルキタリキキムカウ」に続いて、英彦山がらがらが楽器として登場します。

「日田"彦"山線の"星"」となれるよう、という意味で「BRTひこぼしライン」と名付けられた日田彦山線BRTですが、滞在中には乗車もされたようで、そのあたりが曲名にもつながっているのかもしれません。

都会に暮らす人がよその地域に行くと、まず感動するのが夜空に星がたくさん見えることだったりしますね。

(左)日田彦山線BRT(BRTひこぼしライン)のバス (右)筑前岩屋駅と星空(いずれも2023年9月)

きっとのべ1ヶ月の滞在で、素敵な日々を過ごされたんだろうと思います。その喜びが溢れてそのまま伝わってくるような楽曲でした。5曲並べるとしたら、締めくくりに一番ふさわしい曲なのかなと感じました。

AIR事業の今後

5曲全体を通して、5名とも現地ではだいたい同じような体験をされたのではないかと思うのですが、それぞれの作風、何を感じてどのように表現するか、といったことによって、これだけ全く違う楽曲が生み出されるということに強い印象を受けました。

また、滞在した地域への愛着がそれぞれの形で表現されていたことも、きっといい滞在経験だったんだろうと感じさせるものでした。

さて、福岡県の2023年度のAIR事業はこれで締めくくりとなったのですが、そもそもの目的は楽曲の制作ではなく、これを地域振興につなげていくことにあります。

制作された楽曲をどう活用していくのか。今後、同じようなAIR事業を行うのかどうか。今回参加された5人の方が、添田町東峰村と今後どのようにかかわっていくのか。気になることはいろいろありますが、当然、次の打ち手は考えておられるはずです。

とりあえず、今回の5曲をまた聴きたいので、何らかの形で購入できることを期待しています。ぜひお願いします。