君と、A列車で行こう。

シミュレーションゲーム「A列車で行こう9」を中心に綴るブログ。

東京・京都・札幌。まだまだ再現系は面白い

2019年、あけましておめでとうございます。

今年もぼちぼちと更新をしていきたいと思います。

動画の方も、まあ、それなりにぼちぼちと……。

 

 

ついに完結とのことで、お疲れ様でございました。

東京中心部マップは、A9初期の頃に全A列車界に衝撃を与えました。

個人的には、大阪中心部再現マップをぼちぼちと作成中のところ、先を越されてしまって衝撃でした。詳しくは「大阪再現」カテゴリを見ていただければ。

 

それにしても、今回の山手線走行シーンでは初期との比較も見ることができますが、表現力の差は歴然としていて、8年以上にわたるA9の進化がよくわかります。

再現系動画は、「再現にどこまでこだわったか」「対象エリアにどこまで愛着が感じられるか」が大きなアピールポイントで、このシリーズはそのお手本といえるものではないかと思います。

 

こちらは、今までありそうでなかったような気がする京都中心部。V5になって、梅小路鉄道博物館もそれらしい感じで表現できるようになりましたね。

京都とはそこそこ縁があったので、「ああわかるわかるー」みたいな感じで楽しめました。2分40秒あたりの、京都駅前にバスが連なる映像は爆笑ものです。

あと、35秒あたりの「(東海道線は現在事故により運転見合わせ中)」というのも、人身事故お客様との接触が頻発することを知っているとちょっとツボに来る感じです。

ただ、特に郊外の住宅地は雑に埋めた感じが拭えないので、そこをもっとこだわっていくとさらに楽しいものになるかと思います。

 

 

うん、そういうスタイルで来るんじゃないか、という予感もありました。

正式版第一弾として作りたいものは決まっています。
ずっと決めてたんです。短めの動画です。

構成と音楽は既に決めました。

ただ撮影が凄く難しいのです。
上手く表現出来れば良いのですが…。
結構時間がかかりそうです。

札幌近郊マップ進捗報告?(170)【A9v5プレイ記 第371回】 : 日々綴 〜毎日更新し続けるブログ〜

 

この辺が、なんとなく気になっていたのです。

それにしても、当時は満足に動画が作れるスペックのPCではなく、「ならば全部プレビューモードで作ろう!」と決めて、BGMに合わせてシーン設定を何度も微修正していったことを懐かしく思い出します。

 

以前、札幌~小樽間をモチーフにしたマップのダイヤを作成した時には、「あくまでモチーフです」という言葉に甘えすぎて、独自解釈を盛り込みすぎてFuchsさんの思い入れを活かしきれなかったような……というのが反省点としてあるのですが、今回の動画を見た限りではその辺、中之宮の人さんがうまくやっていそうな感じ。

 

これのオリジナル?の動画を作った時、やはりプロジェクト第1弾として、あえて情報を出さず、謎を残した形にすることを意識していました。それでも小樽とか張碓とかバレバレでしたけど。

今回もそのスタイルを踏襲しているようなので、おそらく詳しいことは今後の動画で出てくるのではないかと思います。

特に、定山渓鉄道、旧千歳線北海道新幹線とかのIF部分がとても楽しみですね。

 

函館本線の札幌付近は前回の動画と重複する部分もあるのですが、その辺と思われるところを見比べてみても、やはりV1と比べて街の表現力が格段に上がっているのが見て取れます。さすが、ずっと細かく手を入れていただけのことはある感じです。

 

最後の方で、特急が2本同時発車するシーンがあって、気になって調べてみると、夜にはなりますが20:00と22:00に、函館・室蘭方面と旭川方面の特急の同時発車があるのですね。なるほど。

「エスカレーターは立ち止まるべき」とは?

広い意味では鉄道だけではないんですが、鉄道事業者がやってることということで。

 

エスカレーターでの転倒事故を防止するために東京駅にて「エスカレーター歩行防止対策」を試行します
https://www.jreast.co.jp/press/2017/tokyo/20181211_t01.pdf

 

あのJR東日本が東京駅でやりだした、ということで、いろんなメディアが取り上げているようです。

この件、論点はいろいろとあって、その全部に言及すると到底キリがないのですが、ここでは「お客さまの転倒事故を防止するため」という目的が提示されているので、そこに絞って書きたいと思います。

 

この取り組みには2つの欺瞞があります。

 

1つは、エスカレーターでの駆け下り・駆け上がりと、通常の歩行を意図的にごちゃ混ぜにしていること。

上記のリリースでも、駆け上がり・駆け下りが危険だということは提示されており、それは一般的に受け入れられやすいことだと思いますが、一方で、「歩くことがなぜ危険か」ということは一切提示しないまま、「歩かないでください」と禁止しようとしています。

多くの人は、エスカレーターを歩くとき、隣や前後の人にぶつかったり、ステップを踏み外したりしないよう、通常払うべき注意を払って歩いているはずです。それの何が危険なのでしょうか。

 

これはJR東日本に限った話ではありません。

www.n-elekyo.or.jp

日本エレベーター協会が、「歩かないで!」と呼びかけるためのアニメでも、なぜか駆け下りのシーンだけが提示されており、普通に歩くことがなぜ危険なのかはさっぱりわかりません。

 

もう1つの欺瞞は、上記のリリースから引用すると「お急ぎのお客さまは、付近に設置されている階段をご利用いただくこと」という点にあります。

エスカレーターを普通に歩くと、当然エスカレーターの動力が加わってそれなりの速度になります。

これと同じ速さで階段で移動しようと思うと、それなりに急がなくてはいけません。エスカレーターで歩く以上に、周囲への注意が行き届かなくなります。また、エスカレーターは方向が固定されていますが、階段では、一応の区切りがあるとしても、上る人と降りる人が混在しており、危険性はエスカレーターよりも高くなります。

つまり、この呼びかけは、「エスカレーターでの危険さえ排除できればいい」「他のところでもっと大きな危険が発生しても知ったことではない」ということに他ならず、それが正しい対応策だとは到底考えられません。

 

別の論点について1つだけ触れると、メーカー側の言い分として「エスカレーターはそもそも歩くような設計になってない」という主張があります。

ならば、歩きにくいようなエスカレーターを開発すべきです。

「どうぞどうぞ歩いてください」と言わんばかりの形状しかないのに、歩くことを想定していない、というのはかなり無理があります。

 

確かに、一部、危険な利用をする人はいるかもしれません。

ですが、多くの人は周囲に注意しながら、事故が起こらないようにして歩いています。

ならば、そのすべてを禁止するのではなく、現実的に「片側空け」が定着していることを踏まえて、本当に危険な行為をいかに減らせるか、という視点で対応策を考えるべきではないでしょうか。

 

今の取り組みの進め方は、運用側(メーカーや施設管理者)が、歩行を禁止したい本当の理由を隠蔽したまま、実はまともに成立していないいろんな理由を掲げて、利用者に不便を押し付けようとしているようにしか見えません。

こういうやり方は好きではないです。

「高輪ゲートウェイ」はなぜ炎上したのか

とても興味深い現象だと思って見ています。

 

www.sanspo.com

山手線の29駅、せっかくきれいな漢字が並んでいたのに30駅目でまさかの“横文字かぶれ”…。「ゲットアウェイ」(立ち去れ)ではなく開発エリアの玄関口の意味らしいが、いかにも外国人を意識した五輪ありきの発想。駅名にはインパクトもひねりもいらない。分かりやすさが大切なのに、わざわざ余計なものをつけるセンスは分からない。 
毎年多くの人が集まる14日の泉岳寺義士祭も間近。圧倒的1位なのにスルーされた「高輪」の応募者のために「われら一党、そのご無念を晴らす」と大石ら四十七士が当日、打ち揃ってJR東日本に討ち入りならぬ談判に…。まだ考え直す時間があるのでは。

www3.nhk.or.jp

新駅に近い「高輪泉岳寺前商店会」では、地元の名前をPRしようと駅名を「高輪」にしてほしいと、チラシを配布したり署名活動をしたりしてきました。

商店会の会長の石川進さんは「正直、なんだか微妙な駅名だと思いましたが、高輪と入れてもらえたので、がっかり半分、喜び半分です。今後はこの名前をもとに、地元を盛り上げていけるように頑張りたいです」と話していました。

また高輪に住む20代の女性は「あまり聞かない駅名でかっこいいなと思いました。いろんなお店や施設が入った便利な駅になってほしいです」と話していました。

高輪に職場がある女性は「響きはいいと思いますが、『ゲートウェイ』がつく施設は多いと思うので、省略すると間違えたりしないかなと思ってしまいます」と話していました。

近所に住む小学生の男の子は「外国の名前みたいだなと思ったので、もっと日本だとわかるような駅名のほうがよいと思いました」と話していました。

 

私自身の感想は前回の記事(「品川新駅」は「高輪ゲートウェイ」に - 君と、A列車で行こう。)で書いた通りですが、改めて考えてみると、炎上すべくして炎上したという感じもします。

 

その1つは、「ゲートウェイ」という単語の意味が理解されていない、ということ。

翌日に東京メトロ日比谷線の新駅として発表した「虎ノ門ヒルズ」が、「既存施設名そのままでわかりやすい」と好意的に受け入れられていたのとは対照的です。

JRは「ゲートウェイ」の意味も含めた選定理由を以下のように説明しています。

この地域は、古来より街道が通じ江戸の玄関口として賑わいをみせた地であり、明治時代には地域をつなぐ鉄道が開通した由緒あるエリアという歴史的背景を持っています。
新しい街は、世界中から先進的な企業と人材が集う国際交流拠点の形成を目指しており、新駅はこの地域の歴史を受け継ぎ、今後も交流拠点としての機能を担うことになります。
新しい駅が、過去と未来、日本と世界、そして多くの人々をつなぐ結節点として、街全体の発展に寄与するよう選定しました。  

 (http://www.jreast.co.jp/press/2018/20181201.pdfより)

 

しかし、駅名公募の際のニュースリリースでは、

田町~品川駅間では「グローバル ゲートウェイ 品川」のコンセプトワードのもと、国際的に魅力のある交流拠点の創出と『エキマチ一体のまちづくり』の検討を進めています。 

 (http://www.jreast.co.jp/press/2018/20180604.pdfより)

と、再開発プロジェクトのコンセプトが「グローバルゲートウェイ品川」であることが明記されており、これにちなんだ駅名であることは明白です。

なぜ駅名発表の時にこのキーワードを提示せず、「古来より街道が通じ江戸の玄関口として賑わいをみせた」などという、どうでもいいような話を提示するのでしょうか。

まだ再開発エリアの具体像が見えていないということもあり、「ゲートウェイ」という単語の意味がまるで理解されていない、ということが炎上につながった1つの理由ではないかと考えます。

深読みをすると、再開発プロジェクト自体が何らかの形で挫折していて、あまり表に出せなかったのではないか、という邪推もできてしまいます。

 

もう1つは、広報戦略として「駅名公募」という方法が適切だったのかどうか、進め方に問題はなかったか、という点です。

今回と同じように駅名を公募し、そして同じように不評だった駅名に、JR西日本嵯峨野線に新設予定の「梅小路京都西」があります。

この時、JR西日本は以下のように選定理由を説明していました。

梅小路」は、京都市の駅名公募結果においてもキーワードとして最多数であった。また、京都駅の西側約1.7キロメートルに位置し、京都観光の新たなサブゲートとなることから「京都」「西」を付与した名称とした。

JR嵯峨野線 京都・丹波口間新駅 駅名の決定:JR西日本より)

つまり、実際はどうあれ発表内容としては、キーワードの最多数が「梅小路」であったことに言及し、それを踏まえて選定したとしています。

こういう形であれば、まあなんとか、公募の顔も立ったと言えるのではないかと思います。

ところが品川新駅の場合、圧倒的1位が「高輪」で、共通ワードがあるにもかかわらずそのことに言及せず、しかも「高輪ゲートウェイ」が130位であることを公開してしまったので、「それでは何のための公募なのか?」と言われても仕方ない面はあるのではないかと思います。

要は、このへんの発表の仕方が非常に下手だ、と思うのです。

例えば、「応募の中で最多数であった『高輪』と、新しい街のコンセプト『グローバルゲートウェイ品川』の中核ワードである『ゲートウェイ』を組み合わせて駅名とした」という説明なら、納得する人もそれなりに多かったのではないかと思います。

 

前回の記事でも、「駅名公募なんて、本気で名前を募集するのではなくPRの仕掛けにすぎない」ということを書いていますが、だとしても、その仕掛けが適切だったのか、という評価軸はあり得るでしょう。

一方的に発信するだけの広報と違って、6万件以上も、採用されることを期待して応募した人がいるのですから、その多くの人がかけた手間に見合う納得感は必要になってきます。残念ながら今回は、そうはならなかったということでしょう。

 

秋に初めての計画運休をやって、不慣れでいろいろと問題点が出たのと同様、初めての駅名公募を行って不慣れでいろいろと問題点があった、ということになるのではないか、という気がします。

すでに撤回要求なども出ていますが、今後「高輪ゲートウェイ」が受け入れられるかは、再開発全体が成功するかどうかによると思いますので、そちらを着実に進めていただきたいですね。

「品川新駅」は「高輪ゲートウェイ」に

田町~品川駅間の新駅の駅名決定について(JR東日本Webサイト)
http://www.jreast.co.jp/press/2018/20181201.pdf

駅名を公募していたことで話題になった、田町~品川間のいわゆる「品川新駅」は、「高輪ゲートウェイ」という駅名に決まりました。

 

個人的には、「品川新駅」という仮称や、再開発地区の「グローバルゲートウェイ品川」というプロジェクト名から、品川区の北にある品川駅のさらに北にもかかわらず、なぜかしつこく「品川」が入るのではないか、という危惧があったので、そうでないことにホッとした、という感想です。

 

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縁がある写真がなかったので、新橋駅前SL広場のイルミネーションで。

 

この件、否定的な反応が溢れかえっているらしいのが結構意外でして。

まず、公募で「高輪ゲートウェイ」が130位だったのになぜ選んだのか、という点。

これは、以前に名称募集というもの - 君と、A列車で行こう。で書いた通り、この手の名称募集は、本気で名前を決めてもらうための募集ではなく、対象となる物事に関心を持ってもらい、認知度を高めるための仕掛けに過ぎないことを理解していれば、まったく的外れな批判だとわかります。

 

次に、駅名そのものがダサい、気に入らない、という意見。

今回の新駅は、単に周辺人口が多く利用者が見込めるから、というものではなく、前述の「グローバルゲートウェイ品川」という特定のコンセプトにもとづく大規模再開発の一環であり、その玄関口となる駅なので、コンセプトを表現する駅名になるのは自然なことのように思えます。

そもそも、そういう駅でありながら、「高輪」のようなシンプルな駅名になると予想する方が困難だったのではないでしょうか。

カタカナ混じりの駅名になることに対する違和感を表明する意見も見られますが、では、周辺にカタカナ混じりの駅名はいったいいくつあるのか。

山手線の新駅「高輪ゲートウェイ」が爆誕! しかし奴は我ら四天王の中でも最弱....(Buzzfeed Japan)

こういうネタになるぐらいに、周辺にも日本全国にも、カタカナ混じりの駅など今や珍しくもなく、何をいまさら……という感じです。

例えば、大型時刻表の「東京付近拡大図」の中でも、

などと(途中で飽きた)、もうすでにおなじみの駅名も含めて、枚挙にいとまがありません。

なので私としては、この駅名にはちっとも驚かないけど、それに対する反応が予想外過ぎてびっくりした、というのが今回の感想になります。

 

回生電力と蓄電池

筑肥線 唐津変電所に 「電力貯蔵装置」 を導入します! ~回生電力を有効活用し、省エネルギー化を図ります~(http://www.jrkyushu.co.jp/news/__icsFiles/afieldfile/2018/11/15/181115Newsreleasekaratsu.pdf

当社では、2018 年 11 月 20 日に筑肥線 唐津変電所に「電力貯蔵装置」を導入します。
本装置は、電車が減速するときに生み出される回生電力を、変電所に設置した蓄電池に一時的に貯蔵し、電車を走行させるための電力に再利用することで、運転時の電力使用量を削減することができます。また、大規模停電の際、駅間に停車した列車を最寄り駅まで移動させるための活用も想定しております。  

今まで、発生した回生電力は近くに電車がいればそのまま使用するだけで、使う列車がいなければ無駄になっていたのを、蓄電することで有効活用しよう、という話。

今後、再生可能エネルギーを推進するうえでも蓄電技術は重要なので、こうして導入が進むのはよいことではないかと思います。

 

trafficnews.jp

上記記事によると、この蓄電池の効果は、

今回の装置導入により、年間365メガワットアワーの削減効果を見込んでいるといいます。これは筑肥線の電車運転用電力全体の約2%、一般家庭の約90世帯分に相当するということです。 

とのことです。

「一般家庭の約90世帯分」というのが効果が高いのか低いのか…感覚としてはちょっと微妙。企業活動と一般家庭で比較されてもなあ、と思わなくもないですが。

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この写真を見てたらついやってみたくなって……

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完全に一致。

11月11日はいい飯田線の日。(2)

11月11日はいい飯田線の日。(1) - 君と、A列車で行こう。からの続きです。

 

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特急「伊那路1号」で豊橋から飯田へ。ここからは各駅停車の旅になります。

 

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飯田駅の2番線から見える駅舎の天窓には、浮世絵風のステンドグラスがはめ込まれていました。

 

やってきた茅野行の普通列車は213系の2両編成。

首都圏に来てすっかり見かけなくなり、もはや「懐かしい」という感慨すら覚えるような転換クロスシート車でした。

京急2100形があるじゃないか、と言われそうですが、残念ながら沿線ではないし、「自由に転換できない」という点もまた、西の方の転換クロスシート車の手触りとは違っていたりするのです。

近くに乗ってきた女子3人組が、席を向かい合わせにする方法がわからず、特急のようにペダルを踏んで回転させるものだと思って通路側の下の方をのぞき込んだりしているので、背もたれをそのまま前に押したらいい、ということを教えてあげました。

 

ところで、残念ながら、普通列車の窓が綺麗ではないのはJR北海道だけではありませんでした。

なのでしばらくは車窓を撮る気もなく、乗り降りする乗客や伊那平の景色を眺めながら進んでいきます。

 

飯田駅を出て、短い駅間で2つ駅が続き、その次に「元善光寺」という駅があるのですが、この駅の少し手前には丘から天竜川方向に町を見下ろす眺めの良い区間があり、そこから河岸段丘の斜面に沿って、右カーブして下ってきて元善光寺駅に至ります。

この辺、篠ノ井線姨捨駅から善光寺平を見下ろし、山裾をぐるっと回って地平にある稲荷山駅に至るというのと、なんとなく似ているような気がしました。

まあ、高低差は及ぶべくもないですが。

 

トンネル続きだった天竜峡エリアから出ると、今度はカーブが多く、ほとんどスピードが出せないまま進んでいきます。時々見える速度制限標識も、50km/hとか40km/hとか、そんなのばかりです。

 

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平面図ではそれなりに平地に見えますが、実際は天竜川や支流が形成する河岸段丘の起伏が大きく、高低差を克服するために、あえて斜面の部分を選んで緩やかに上り下りしていくように線路が敷かれているようです。

 

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駒ケ根駅に到着。ここで長時間の停車があり、乗務員が交代します。
ホームに降りると、「降車時に案内が必要なお客様がいる」という旨の引継ぎをしていました。

 


駒ケ根駅を過ぎると線形もよくなり、それなりのスピードを出すようになって伊那市街へと進んでいきます。

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見事に実った柿の木。豊橋を出た時から、車窓によく同じような柿の木がありました。

 

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そして、飯田線の終点である辰野を過ぎ、天竜川のまさに川岸というしかない川岸駅を経て、岡谷駅に到着。

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列車はこの先、諏訪湖を通り過ぎて茅野まで行きますが、こちらはここで下車になります。

この先、中央本線を辰野経由で塩尻まで行き、そして特急あずさで帰るという予定。

乗り換えまで少し時間があるので、買い物の後、駅前を散策しました。

 

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駅の上を横断する長野自動車道が印象的。

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暮れなずむ町の、光と影の中の飛行機雲。

 

辰野までは、飯田線へ向かう別の213系の列車で折り返しです。

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列車を降りると、目の前に次の列車が待っていました。「同一ホーム乗り換え」というだけでなぜか嬉しくなってしまう不思議。

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E127系。これは何気に初めて乗る車両な気がします。

車内のワンマン運転の案内を見ると、中央本線の岡谷-辰野-塩尻間、篠ノ井線信越本線塩尻-長野間、大糸線の松本-南小谷間で運用されているのですね。

 

座席はボックスシートロングシートを通路の両側で組み合わせたタイプ。車内はガラガラで、誰もいないから写真を撮ろう! と思ったのですが、ボックスの向こうで、部活で疲れた感じの学生が寝ていたのでやめておきました(彼女は塩尻に着いても起きなかったけど、大丈夫だったかな?)。

 

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辰野を出る頃にはまだ、山のてっぺんに明るさが残っていたものの、それも次第に消え、塩尻が近くなると、もうトンネルの中なのか外なのかもよくわからない暗さに。

途中、理由は不明ですが小野駅での停車時間が長かったため、塩尻で特急に乗り換える時間は3分しかありません。

改札から1番線に降りる階段のところに、時々話題になる「極端に入口が狭い駅そば屋」がありました。

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確か、エレベーターを設置するために入口が狭くなってしまったんですよね、ここ。

せっかくならここで食べて行きたいところですが、もう特急列車の到着のアナウンスが流れています。

 

特急あずさ30号は1日1本の千葉行き。中央線用のE257系11両。中央線特急がE353系に置き換えられた後は東海道線の踊り子に転用されるようで、独特のポップな塗装も、そんなに長くはないのでしょう。

列車はすっかり暗くなった甲斐路を東へ進んでいき、塩尻ではガラガラだった車内も、上諏訪小淵沢甲府・大月と進むにつれてほぼ満席になっていきました。

 

飯田線は、時刻表で見るとずらーーっと駅が並んだ、ただひたすら長い路線というように見えますが、実際には豊川・中部天竜天竜峡・駒ケ根と区間ごとに明確な変化があり、それぞれ見るべき景色があり、路線を敷設した苦労なんかも感じられたりする、案外面白い路線でした。

普通列車を乗り通すのも、ロングシートだとちょっと絶望的な気分になりますが、213系や313系の転換クロスシートなら、席さえ取れればそこまで苦痛でもないのかな……と思います。

あと、これは別に差別するつもりで書くわけではなく、個人的な好みの問題、と断っておきますが、外国人の旅行者が少なかったので比較的落ち着いた気分でいられた、というのもポイントかもしれません。

 

特急は新宿から中央線を悠々と進み、御茶ノ水の手前で総武緩行線に転線し、秋葉原の人の群れを横目に通り過ぎて、総武快速線へ転線して錦糸町へ。

そういう、ちょっとリッチな気分に浸れる経験をして、この日の旅行は終わりとなりました。

11月11日はいい飯田線の日。(1)

うっかり位置情報をOFFにしてしまって、写真を撮った場所がわからず、記憶を頼りに書くしかないので早めに書いておきます。

 

飯田線は、ずっと昔から気になっていつつも、全線乗り通すのに特急利用で6時間、普通列車だと7時間、というところでなかなか手を出せなかった路線でした。

ただ、紅葉シーズンで天竜峡は見ごろらしいという情報と、下記の記事に触発されて、ついに手を出すことにしました。

trafficnews.jp

trafficnews.jp

 

といっても諸般の事情で首都圏からの日帰り強行旅です。途中駅で下車して散策するような余裕はありません。 

そんなわけで豊橋から出発です。

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豊橋まではまあ、いつもの東海道新幹線なので特筆すべきこともなく。

いやまあ、その気になれば見どころはいろいろあるんでしょうけど、この日は一日中電車に乗りっぱなしの予定なので、手を抜くところは抜くことも必要なのです。

豊橋駅でこんな駅弁があったので買っておきました。

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(この写真は飯田駅で撮影)

 

以下の2枚は、以前に豊橋から名鉄に乗った時に撮ったもの。

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飯田線名鉄は、豊橋からしばらく線路を共用していることもあり、1番線・2番線・4番線が飯田線、3番線が名鉄とほとんど一体になっているので、他のよくある駅のように中間改札で明確に区切るということができません。

なので、ICカードに経路情報を書き込むための機器だけが置かれている形になっています。

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飯田線普通列車用の車両、213系と313系が仲良く並んでいました。

特急伊那路1号は定刻に豊橋駅を出発。しばらくして名鉄が西に分かれていった後、豊川までは市街地を抜けていきますが、豊川を出るとこのようなのどかな風景に変わります。

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飯田線は、棒線駅はともかく、交換できる駅では高速に通過できる構造になっていないため、都度速度を落として慎重に通過していきます。

特急ですが、特に急ぐ気配はありません。

 

特急列車が1時間に1本走るような路線ならともかく、定期列車で1日2往復、臨時列車も1日1本あるかどうかの路線で高速化改造をするのも無駄ということでしょう。

特急が2時間に1本運転している身延線ですらそうだったのだから、まして飯田線では推して知るべし、です。

この日は長篠城駅に臨時停車。その直前、長篠城跡の横を通過する前に、車掌による観光案内がありました。

その後、本長篠湯谷温泉に停車する際にも案内が。

イメージだけで語るのもよくないのかもしれませんが、なんとなく、JR東海らしくない、という感じがしました。

 

湯谷温泉を出てしばらくすると、「車窓右手にご注目ください」というアナウンス。

右手に見えてきた宇連川の渓流がこちら。

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川底が板を敷いたように見えることから「板敷川」とも呼ばれる、というアナウンスが流れていました。

そうして、渓流を眺めながら進み、左側から流れてきた天竜川と合流すると中部天竜へ到着。この日は行楽客が多いとのことで5分遅れでした。

中部天竜を過ぎてすぐ、天竜川を渡る時に左手に見えるのが佐久間発電所水力発電としては日本最大級の発電量を誇る発電所とのこと。

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そのすぐ先には佐久間駅。これを通過して長いトンネルを抜けると、飯田線水窪(みさくぼ)川沿いに出ます。

さて、ここから先、水窪川、天竜川と続く渓流の絶景を堪能できるイメージを描いていたのですが、実際はほとんどトンネル。トンネルを抜けたわずかな区間に駅があったり、橋があって一瞬絶景が見えたり、でもそれが線路沿いを這う電線に阻まれたり、と、そんなじれったい車窓なのでした。

城西駅を出ると、飯田線の名所の1つ、渡らずの鉄橋へ。

goo.gl

あっと気づいた時には時すでに遅し、という感じで写真はありません。

本来は川の東側をトンネルで突っ切るはずが、地盤が不安定で建設後に崩壊し始めたため、やむなく放棄して川の上を迂回することになったそうです。

 

そしてしばらくして、山々に抱かれた、といった感じの町が見えてきたら、水窪駅へ到着。

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中央に見える吊り橋らしき橋が気になります。

茶畑が見えるのが、静岡の風景ですね。

 

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水窪を出ると、今度は北西へ長いトンネルを抜けて天竜川沿いへ。

そしていくつものトンネルを抜けていくと、突然、秘境駅として有名な小和田駅へ。来年、またブームが来るのかもしれません。

その小和田駅付近の天竜川上には、静岡・愛知・長野の三県境があるそうです。そして飯田線静岡県から長野県へ。

 

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ひたすらいくつものトンネルを抜けていく中、わずかに見えた絶景を電線に阻まれまくる図。

 

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日差しが強すぎて、目いっぱい補正をかけてもこれが限界という図。

 

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同じく日差しが強すぎて、窓に映るスマホや指が写り込む図。

 

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いい感じの橋! と思ったら手前の標識に邪魔をされる図。

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平岡駅の隣にある「龍泉閣」にかかる横断幕。

よくみたら宿泊・食事・温泉って割と普通でした。

 

そしてまた、ひたすらトンネルにつづくトンネルへ。

この区間飯田線の前身の1つ、「三信鉄道」という鉄道会社が開通させたそうで、筆頭株主が電力会社であったことから、電力開発のために難工事をおして開業させたそうです。Wikipediaを見ると、あまりの悪条件に朝鮮人労働者が逃げ出したという、ちょっと最近センシティブな話なんかも出てきたりします。

それにしてもまあ、よくこんなところに鉄道を通そうと思ったものです。

 

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あまりなかった、天竜川の水面近くを走る区間

 

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温田駅付近の斜張橋

そんなこんなで、ようやく視界が開けてくると天竜峡駅へ到着。

天竜峡を出ると、山間部に開けた飯田市の町の中を進んでいきます。

天竜川の西側に開けた土地で、飯田線は川から離れた高台の側を走り、町を見下ろす形になるので、眺望はなかなかのものです。

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そして、特急の終着駅、飯田駅へ到着。

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向こうには、観光客としてはあまりお世話になりたくないJR東日本の211系がいましたが、次に乗る普通列車中部天竜始発なので、きっとJR東海の転換クロスシート車が来るはずです。

 

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地元のフェスティバルのマスコットキャラ。

鉄道むすめ以降でしょうか。こういう絵柄もすっかり受け入れられるようになりましたね。

 

赤く丸い屋根が印象的な飯田駅の駅舎。

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途中の遅れのまま5分遅れで到着したので、乗り継ぎは20分弱。

この間に、豊橋駅で買った秘境駅弁当をいただきました。

tsuboya.ekiben.or.jp

よくある松花堂弁当なんですが、上のページの写真が春らしいイメージなのに比べると、例えば甘味の餡餅が干柿風にデザインしてあったりして、秋らしいお弁当になっていました。

 

ちなみに、豊橋駅の壺屋の売店は、新幹線待合室と、在来線改札内の2か所にあります。

この日は、最初に見た新幹線待合室で「遅れてて入ってきてないんです」と言われたのですが、在来線側には結構な量が積んであったので(なんでだろう?)その辺は要注意かもしれません。

 

さて、もう2800字を超えてるそうなので、続きは次の記事で。

→ 11月11日はいい飯田線の日。(2) - 君と、A列車で行こう。