君と、A列車で行こう。

鉄道とシミュレーションゲーム「A列車で行こう9」を中心に綴るブログ。当面、東北地方太平洋沿岸の訪問をメインにしています。

開業直前の日田彦山線BRT。絡み合う沿線と事業者の思惑

道の駅勧遊舎ひこさん付近を試運転で走行する、日田彦山線BRTのバス

6年前、九州北部豪雨で被災し、鉄道からバス路線に転換されることとなった、JR九州日田彦山線BRT。

その開業日である8月28日が目前に迫ってきています。

タイトルはちょっと不穏な感じですが、この記事は、開業直前の日田彦山線BRT(公式サイトは下記)について、そのサービス内容、特に駅の配置に注目して、沿線自治体や事業者であるJR九州がどういったことを考えているのかを推測してみた、というものです。

www.jrkyushu.co.jp

駅数が、鉄道と比べて一気に3倍に

3年以上前、このブログで日田彦山線の復旧について書いたことがありました。

a-train.hateblo.jp

この時は、復旧方法を巡る協議がBRTでの復旧で決着した頃で、そこで提示されている案について、先行事例と言えるJR東日本気仙沼線大船渡線のBRTと比較してみるというものでした。

2022年5月27日に、「日田彦山線BRT」という正式な路線名称や「BRTひこぼしライン」という愛称、路線のデザインコンセプトなどが発表され、その後、設置される駅、車両やダイヤ、運賃設定、運営体制といったことが次々と発表されてきました。

そうして公表された情報の中で最もインパクトが強かったのは、運行区間となる添田駅日田駅の間、鉄道駅12駅に加えて24もの新駅を追加し、合計36駅になるということではないでしょうか。

先行して鉄道からBRTに転換したJR東日本大船渡線BRTにおいて、新駅が少しずつ追加され、結果として駅数が鉄道と比べて約2倍に増えているという事例はあるのですが、それを超えて、一気に3倍にもなるというのはあまり予想されていなかったのではないかと思います。

日田彦山線BRTの路線図(JR九州Webサイトより)

なぜ一気に3倍もの駅数になったのか。それを考えてみると、そもそもこのBRTがどういった形で成り立っているのか、沿線の添田町東峰村、日田市や事業主体であるJR九州、それぞれの思惑が見えてくるように思います。

添田町の思惑:公共交通の維持をJRに肩代わりしてほしい

添田町内の一般道区間添田駅彦山駅間)のルート図

日田彦山線BRTのうち、添田町(福岡県田川郡)内の一般道を走る添田駅彦山駅の間について、添田町はBRTの開業以降、この区間で町バス(コミュニティバス)の運行は行わないとしています。

www.town.soeda.fukuoka.jp

下の図は、現在の添田町バスの時刻表に書き加えたものですが、現在の町バスは交番前・役場から、日田彦山線と並行する添田駅彦山駅間をこまめに停車し、彦山駅からは英彦山(ひこさん)の山上方面へ向かう路線となっています。

そして、BRT開業後は、添田駅を中心とする「まちなかコース」と、彦山駅を起点とする「ひこさんコース」に分かれ、添田駅彦山駅間はBRTの新駅に移行して委ねる形となります(一部の便では例外もあります)。

添田町バス日田彦山線BRTの関係(添田町バス時刻表を加工)

添田駅彦山駅間はBRTで上下28本設定されますので、現在の町バスより圧倒的に利便性を向上させつつ、町バスとしてはエリアを絞り、おそらくは町バスの運行にかかるコストも抑えることができるはずです。

利用者とすれば、添田駅彦山駅をまたいで利用する場合には乗り継ぎが発生することになるので不便になる点もありますが、そこは乗り継ぎ地点の整備や割引運賃の設定など、町側の工夫で対処することになるのではないかと思います。

小さな自治体はどこも、公共交通の維持には苦労しているし、先行してJRがBRTを導入した気仙沼線大船渡線でも、各自治体や地域のバス会社が支えていた公共交通をJRがある程度肩代わりしている面もあります。

また、専用道に設けられる深倉駅については町バスの直接の代替ではないものの、現在火曜日・金曜日に1往復しかない深倉地区へのアクセスを向上させることになります(なお、町バスの「深倉」停留所は、BRTの深倉駅よりもさらに山間部に入っていったところにあります)。

BRTで新設される深倉駅と、町バス深倉停留所の位置関係

この追加される駅の全部ではないですが、JR九州はBRTでの復旧案として、町バスの停留所を駅として追加する案を示していました。

つまり、これにより町の公共交通を維持・向上させつつ、町としてはコストダウンを図ることができる。こういったことが、添田町がBRTでの復旧を受け入れることにつながったのではないかと考えられます。

第5回日田彦山線復旧会議(2020年12月)でのJR九州の提案資料より

 

東峰村の思惑:メガネ橋と棚田の景観を観光資源として活かしたい

彦山駅宝珠山駅間のBRT(青線)、列車代行バス(紫線)のルート図

被災した日田彦山線の復旧にあたって、最後まで鉄道での復旧を主張したのは東峰村(福岡県朝倉郡)でした。

最終的には、福岡県が鉄道での復旧を断念したことで東峰村としても諦めざるを得なくなりましたが、JRが筑前岩屋駅宝珠山間を一般道経由とする案を示していたのに対し、福岡県などが調整し、この区間を専用道とすることで東峰村もBRTでの復旧を受け入れることになりました。

この区間の復旧にあたって何を重視するのか、村とJRの考えが食い違っていたのが、交渉がなかなかまとまらなかった一因ではないか、と感じています。

JRは、既存のスクールバスの停留所や、住宅が集中する場所に駅を設け、利便性を向上させるというメリットを提示していました。でも、村はそんなものは求めていなかったのです。

第5回日田彦山線復旧会議(2020年12月)でのJR九州の提案資料より
メガネ橋を巡る掛け違い

BRTでの復旧が決まった3か月後、日田彦山線沿線の振興策を検討する初会合が行われましたが、その報道記事で、東峰村がBRTの専用道化を受け入れた理由が示されていました。

www.asahi.com

東峰村筑前岩屋―宝珠山間も専用道とする案に同意したのは、村の観光名所である四つの「めがね橋」を通っていることも大きい。鉄道橋として使われてきたが、専用道に使われないとなると、築80年を超える多連アーチの美しい橋の存続が危ういと考えたという。

先日、実際に日田彦山線代行バスに乗り、車中からメガネ橋を見ましたが、かなり立派なもので、これをなんとしても残したいと考えた村の思いはよくわかるように感じました。

東峰村内、日田彦山線BRT用に整備されたメガネ橋(列車代行バス車中から)

第5回日田彦山線復旧会議(2020年12月)でのJR九州の提案資料より

JR九州は、アイデア提案としてメガネ橋を別の用途に活用した事例も紹介していましたが、そのためにメガネ橋が村に譲渡されたとしても、村の予算で維持していくのは難しかったように思います。

なお、今はJR九州もメガネ橋を積極的に活かす方向に転換しています。BRTのロゴにメガネ橋が大きくデザインされているし、筑前岩屋駅に設けられるベンチにもメガネ橋が描かれていました。

先に挙げた代行バス車内からの写真ではわかりづらいですが、メガネ橋の部分のガードレールは橋と色を合わせてあります。防風柵も目立ちにくいように設置されており、バスが通った時に映えるようになっているようです。

 

では、村内の公共交通について東峰村はどう考えているのでしょうか。上記の記事ではBRT駅へのアクセスについては自前で何とかする姿勢を示しています。

東峰村では今も日田彦山線の不通区間代替バスが1日17本走っているが、高齢者らからは「バス停まで行く足が欲しい」という声が高まっているという。

 村は、利用者の希望に応じて運行する「オンデマンドバス」導入の検討を開始。BRT開通後も引き続き使う前提だ。村企画政策課によると、11月にも検討会を立ち上げる予定で、メンバーの人選を進めている。定員8~10人程度のワゴン車を購入し、国補助は見込めるものの、基本的に村の予算で運行する想定だ。

つまり東峰村は、他の沿線自治体と違い、地域の足をJRに頼るということは考えていないのです。

もともと、地域の足として日田彦山線はあまり役に立っていない

東峰村内各エリアの特徴と思われるもの

先日、日田彦山線の列車代行バスに乗車し、東峰村についても一通り車窓から見てきましたが、その時の印象を踏まえ、後から地図なども見てまとめた、各エリアの特徴と思われるものが上の図になります。

紫の線が列車代行バスのルートになりますが、鉄道トンネルが通れずやむを得ず迂回しているはずのこのルートの方が、道の駅などの集客拠点、小石原焼の窯元が集まるエリアなどを通り、地域としてはよほど重要なように感じました。

実際、西鉄バスは南西の杷木から、宝珠山を経由して小石原地区までを結ぶルート(黄色の点線)となっています。

筑前岩屋駅から大行司駅にかけて、日田彦山線は集落から東に離れた山沿いを走り、メガネ橋も含め、集落よりもかなり高いところを走っています。大行司駅は実際に見ることはできませんでしたが、77段の階段があるほどの高低差だそうです。そうした高低差が一因で、途中に設ける予定だった棚田親水公園駅も、アクセス道路の敷設が困難で断念することとなりました。

逆に言えば、かつて走っていた列車や、専用道を走るBRTは、棚田が広がる村の穏やかな風景を上から眺められるということです。

つまり、メガネ橋を列車やバスが走るのを見る、列車やバスから村の風景を見る、という2つの方向で景観を活かすことが、村が日田彦山線に求めているものだったのだと思います。

日田市の思惑:市の外縁部への公共交通導入と高校へのアクセス手段拡充

大分県の日田市は、幹線として久大本線が健在ということもあり、日田彦山線を鉄道として存続させることにはそこまでこだわりはなかったのではないかと思います。

その代わり、一部の便のみ停車する駅も含めて、15もの新駅が設けられることになりました。

日田市内は、大きく分けて日田彦山線単独の区間宝珠山駅夜明駅)と、久大本線と並行する市街地の区間に分かれるので、それぞれ別に見ていきます。

市としては公共交通の手が回らない地域

宝珠山駅夜明駅間のルート図

日田彦山線単独の区間である宝珠山駅夜明駅間は、日田市の西側の山間部で、特徴的な観光資源もなく、要は市として力を入れづらいエリアのようです。

この地域の公共交通としては、日田彦山線を除くと、スクールバスと共通運用で運行している福祉バスが、平日のみ1往復、日田駅老人福祉センターとの間を結んでいるのと、地域内の主要地点や大鶴駅夜明駅を行き先とするデマンド交通しかありません。

一方、この区間では列車代行バスの時点で停車場所が多数追加されており、それは概ねBRTでも踏襲されます(一部、駅名の変更や駅の位置の変更などがあります)。

これらの追加された場所に停車するのは、列車代行バスでは1日上下5本だけなのですが、BRTでは全便が停車することになり、利便性が飛躍的に向上します。

特に、宝珠山駅大鶴駅の間では、国道を直線的に結ぶのではなく、わき道にそれてこまめに停車場所を設けているわけで、BRTではなくコミュニティバス的な考え方が色濃く反映されていると言えます。

JR線がバスとなることで、市としては手が回らない外縁部で、小回りが利き便数も多い公共交通が利用できるようになる。しかも市の負担がほぼ不要(たぶん駅の整備にかかる費用負担はゼロではないとは思います)となれば、日田市としてこれに反対する理由はないように思えます。

市街地の公共交通拡充、高校へのアクセス利便性向上

夜明駅日田駅間のルート図(黄線は久大本線

久大本線と並行する夜明駅日田駅間では、北友田・南友田の2駅の他、一部の便のみとなる北回り経路に、高校の最寄りとなる駅が設けられます。

光岡駅の西側となる北友田駅、南友田駅の周辺は市街地にもかかわらず、意外と公共交通の空白地区で、市内のバスは基本的に光岡駅から東側を走っています。定時運行のバスはなく、一部エリアでデマンド交通が設定されているぐらいです。

日田市内循環バス「ひたはしり号」の路線図(日田市Webサイトより)。光岡駅あたりが西端。

一部の便が経由する北回り経路は、高校の最寄りとなる既存バス停に駅が設けられ、日田行きが6・7時台到着、添田方面行きが12時台と16~19時台発車という、高校生のスケジュールに特化したようなダイヤとなっています。日田市役所前駅は一応市役所の最寄り駅ではありますが、一般の人が市役所を訪ねる用途には使いづらい設定です。

実のところ、日田彦山線沿線(添田駅夜明駅)から日田市内の高校に通う生徒がどのぐらいいるかよくわかっておらず、沿線の状況から見てそんなにいないんじゃないかという気もしないではないのですが、通おうと思えば通えるアクセス手段ができることや、日田市内の西部からも通いやすくなるのは大きいのではないかと思います。

JR九州の思惑:ローカル線の存廃協議に向けてバス転換のメリットをアピールしたい

添田駅近くの車庫に並ぶカラフルなBRT車両

最後に、事業主体となるJR九州についてです。

社内に専門チームを立ち上げるなどしてBRTのデザインに工夫を凝らし、キャンペーンを展開してBRTや沿線自治体をアピールするなど、バス転換にポジティブなイメージを醸成しようとする努力が伺えます。個人的には、そうしたキャンペーンをしていることを知って、日田彦山線の沿線がどんなところなのか興味を持って訪ねてみたわけで、そのキャンペーンは少なくとも1人には成功しています。

沿線の小学校の児童が色づけした日田彦山線BRTのロゴマーク

東峰村でのBRT専用道の導入といった、JRの提案と異なる要望も含めて、沿線自治体のそれぞれ異なる思惑を可能な限り取り入れたのが、日田彦山線BRTの運行形態なのだと思います。結果として、地域の足としての活用を期待する添田町と日田市、景観を活かすために鉄道と同様の経路を求めた東峰村という違いが、路線の設定に色濃く反映される形となっています。

専用道以外のところはコミュニティバスと同様の運行をする路線をBRT(Bus Rapid Transitバス高速輸送システム)と呼ぶのは、正直あまり適切ではない気がします。が、一方でこれもありだという気もします。そもそも日本における「BRT」とは、国土交通省の定義からして、一般の路線バスと比べて輸送力、定時性、速達性など何かしら高度化しているものを全部ひっくるめてそう呼んでいるだけで、「R」=Rapidということにこだわってもあまり意味がありません。

まだ開業後の姿ははっきりとはわかりませんが、おそらく、JR東日本気仙沼線大船渡線でやっているのと同様に、JR九州がほぼ鉄道と同じような形で運営していくことになるはずです。

そのようにして、バス転換のメリットをアピールし、デメリットの懸念をできる限り払拭していくことで、他のローカル線においてもバス転換をポジティブな選択肢として捉えてもらいたいという意向は、当然あると思います。

しかしながら、行く手はなかなか厳しい

とはいえ、沿線の要望を最大限に取り入れ、JRとしても力を入れている日田彦山線BRTの運営が順調に進むかというと、なかなか厳しいと思わざるを得ないことが2つあります。

その1つは、沿線に有力な観光資源はありつつも、周辺にはもっと強力な都市や観光地がゴロゴロしていることです。

九州の小京都と呼ばれる日田ですが、ここには特急ゆふ特急ゆふいんの森といった、JR九州を代表する特急が博多や大分から直通していて、アクセス経路として日田彦山線BRTが選ばれることはまずないだろうと思います。

また、日田から少し東に行けば湯布院があり、さらに東には大分や別府が控えています。

北にも西にも大きな町が多く、さらに南には阿蘇山があるわけです。

日田彦山線BRTでは、開業と同時に観光型MaaS*1の実証実験を行うそうで、BRTの一日乗車券をはじめとした観光向けサービスを展開していくようですが、まず九州の中で、添田町東峰村を訪問先に選んでもらうというだけでも相当大変ではないかと感じます。

日田市は「進撃の巨人」の作者、諫山創さんの出身地だそうですが、そのたとえで言えば、普通の人間が多くの巨人に囲まれる中で、立体機動装置で戦いを挑むような感じに見えます。

 

もう1つは災害との戦いです。

これは九州全域に言えることでもあり、日田彦山線に限った話ではないのですが、数年単位で豪雨災害が繰り返し発生する傾向があると感じます。6年前の豪雨によって鉄道がBRTへ転換することになったこの地域も、今年、ふたたび豪雨に見舞われて大きな被害を出しています。

これからも同じように災害が起きるのだとしたら、JRも地域もどこまで耐え続けることができるのか。そんなことが心配になってしまいます。

 

とはいえ、開業前からそんなことを言っていても仕方ありません。

BRTひこぼしラインの2日前に開業する、宇都宮ライトレールの方に世間の耳目が集まるだろうとは思いますが、私はBRTの方にひっそりと注目していたいと思います。

 

参考

www.town.soeda.fukuoka.jp

www.city.hita.oita.jp

www.city.hita.oita.jp

www.jrkyushu.co.jp

 

*1:Mobility as a Service=スマホアプリなどを使い、複数の移動手段を一括で利用・決済できるサービス。