君と、A列車で行こう。

鉄道とシミュレーションゲーム「A列車で行こう9」を中心に綴るブログ。当面、東北地方太平洋沿岸の訪問をメインにしています。

「鉄道」という重荷の行方~後編:「JRが運営するBRT」は救世主になるのか

BRT専用道で気仙沼駅に入線する大船渡線BRTのバス

以前からずっと続いていることではあるのですが、最近になって、鉄道ローカル線の経営難に関するニュースが世間を賑わせています。

前回、そうした動きについて触れつつ、「採算の取れない鉄道は事業者にも地域にも重荷となっている」という現状認識を示しました。

a-train.hateblo.jp

それでも鉄道が必要とされるとすればその特性は何か、それに対して誰がコストを負担すべきかということや、鉄道の特性が発揮できない区間、特性があるとしても維持が困難な区間は、別のモードに転換することを検討すべきではないか、ということを書きました。

今回は、すでに鉄道から別のモードに転換した事例から、鉄道という重荷を降ろすためのヒントとなることについて考えてみたいと思います。

BRTは「救世主」となるのか

国土交通省が検討を進めている「地域モビリティの刷新」ですが、前回も挙げた下記の資料には、後半でこれまで実施された例も列挙されています。

 

第3回 鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会 補足説明資料(https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001478221.pdf)P.15

 

このブログを読んでいただいている方はご存じかと思いますが、私はここに挙げられたうちの1つ、東日本大震災で被災し、鉄道からバス専用道を核としたBRTに転換した気仙沼線大船渡線について、2019年以降現地を頻繁に訪ね、BRTそのものや沿線の状況を見てきました。

それは、まさに今議論に上がっているような「地域に最適な公共交通のあり方」について、鉄道という手段にこだわらず、鉄道事業者と地域が一定の答えを出した事例だという点に関心を持ったからです。

鉄道から転換されたバス専用道を走行する大船渡線BRT

下記の資料では、BRTへ転換する場合の検討事項が挙げられており、より踏み込んだ内容となっています。最後の「導入イメージ」として挙げられた内容はほぼそのまま気仙沼線大船渡線BRTで実現しているものであり、これをベースに検討を進めていくのかもしれません。

 

第4回 鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会 論点整理(https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001481837.pdf)P.6

○ BRT導入の課題、制度的・財政的枠組みの設置の必要性

  • 鉄道事業法道路運送法の根拠法の違いを乗り越えるための制度的対応は必要ないか。
  • 運行の継続について、鉄道路線存続の負担が軽減される鉄道事業者が責任を持つことができないか。
  • 利便性・持続性を高める方策(※)を講じる場合には、沿線地域も、受益の範囲で一定の負担をすることは考えられないか。
    ※具体的方策の例:駅(停留所)の移設・新設、運行本数の増加、高性能・省エネ車両の導入、新料金収受システムの導入
  • デジタル技術も活用して鉄道と同等又はそれ以上の利便性を確保したBRTの導入を1つの選択肢として、制度面・財政面など多様な観点からの支援ができないか。

※導入イメージ:鉄道事業者が運行(又は運行費用を負担)、鉄道と同等の運賃水準・鉄道との通し運賃、鉄道と同等以上の便数・利便性の向上、鉄道時刻表への掲載

 

気仙沼線大船渡線BRTは、2016年度に「災害被災地に限らず、人口縮小する日本の地方都市で、鉄道か公共交通廃止かの二者択一ではなく、地域の足となる公共交通を維持していくためのひとつ選択肢を示した意義は大きい」としてグッドデザイン金賞を受賞しています。

www.g-mark.org

また、BRTでの復旧を受け入れるにあたり、大船渡市議会の産業建設部会は2015年、以下のように報告書*1を結んでいます。

BRTは柔軟な運行が可能となるため、赤字路線を抱える他の自治体からも注目が集まっていることも含めて疲弊した各地のローカル線の救世主となることを期待するものである。

ただし、このBRTは、ほぼ全線にわたる甚大な被害からの復旧にあたって導入されたもので、単に赤字ローカル線問題の解決策として鉄道から転換されたわけではありません。

赤字だけを理由に鉄道から転換されたBRTはない

鉄道の廃線跡をバス専用道に転換した事例はいくつかありますが、いずれも、単純に赤字路線を維持するために転換したものではありません。

日立電鉄廃線跡をバス専用道や歩道として整備したひたちBRT

もちろん、それぞれ鉄道が廃止されたり、鉄道で復旧・再建されなかったのは採算面の問題があるからですが、JR肥薩線のような災害で被災した鉄道を除き、多くの赤字ローカル線の問題とはまず前提条件が違う、ということは留意しておく必要があります。

赤字ローカル線のBRT転換は成立していない

赤字ローカル線をBRTに転換することも、検討されなかったわけではありません。

例えば、経営難から沿線に支援を求めた滋賀県近江鉄道について、鉄道存続・BRT転換・LRT転換・路線バス転換といった選択肢が検討されましたが、結局、今ある鉄道をそのまま使うのが、転換に伴うイニシャルコストがかからず沿線自治体の負担も小さくなる、ということになりました。

news.mynavi.jp

また、JR西日本宇部線について、BRTに転換することが検討されましたが、費用が153億円にのぼり、採算性の確保が困難として凍結されています。

www.asahi.com

気仙沼線大船渡線BRTは元の鉄道線の機能を維持したまま転換されましたが、これは被災して全線の35%程度の線路が流失し、どのみち復旧が必要だったから「鉄道かバスか」という選択になったわけで、鉄道がそのまま残っている状態であれば、それを潰してまでバス専用道にするメリットが低くなるのは当然の話です。

気仙沼線BRT・大船渡線BRTの本質とは

では、気仙沼線大船渡線の事例は赤字ローカル線問題を考えるうえで全く役に立たないのか。そうではないと考えています。

先に引用した、グッドデザイン金賞に関する評価コメントを再掲します。

災害被災地に限らず、人口縮小する日本の地方都市で、鉄道か公共交通廃止かの二者択一ではなく、地域の足となる公共交通を維持していくためのひとつ選択肢を示した意義は大きい。

ここで示した選択肢とは、

に加えて、

というものです。どうしても「鉄道敷をバス専用道に転換した」という手法の面に目を奪われがちですが、この事例の本質は、鉄道から転換された交通手段に対し、JRが引き続き鉄道と同レベルの扱いで運営を担っている、という点にあります。

気仙沼線BRT・大船渡線BRTが示した可能性

鉄道に関心がある方なら、このBRT路線の存在については多くの人が知っているのではないかと思いますが、その詳細についてはそこまで詳しくない方も多いのではないでしょうか。

気仙沼線BRT・大船渡線BRTが示した可能性について、一部は他の地域の事例も含めながら挙げていきたいと思います。

専用の走行路を走るのは列車でなくてもいい

そもそも、気仙沼線大船渡線を含む三陸沿岸の鉄道が建設された背景として、リアス海岸の複雑な地形上、沿岸に点在する集落を結ぶ道路がなく、行き来にとても時間がかかっていたということがあります。

鉄道が山をトンネルで貫き、集落の間を比較的直線的に結ぶことで、所要時間は大幅に短縮されました。

その後、並行する国道45号は各地で改良が進められ、さらに仙台市から青森県八戸市までを結ぶ高速道路(三陸沿岸道路)が新たに完成し、現在に至っています。

並行道路が改良されたり、高規格道路が新たに開通したりして、鉄道の役割が縮小するといったことは、三陸に限らず全国のいたるところで起こっています。

さて、専用の走行路を設けて建設された鉄道でしたが、鉄道の機能をほぼ維持したままバス路線に転換された気仙沼線大船渡線のBRTが問いかけたのは、「その走行路を通るのは鉄道でないといけないのか」ということです。

現在、廃線が取りざたされている路線では、沿線から鉄道を失うことのデメリットを主張する声もありますが、その中で、鉄道でないとできないことはどれぐらいあるのでしょうか。

一例として、鉄道の車内から眺める沿線の景観が失われることを懸念する声があります。しかし、その景観は鉄道でないと見れないものでしょうか。鉄道をバス専用道に置き換えれば、そこから見える景観は鉄道と同じであり、景観の価値はいささかも損なわれることはないはずです。個人的には、初めて気仙沼線BRTに乗った時にそうした経験をしたことが、この路線に強い関心を持つきっかけの1つでした。

大船渡湾沿いのBRT専用道を走行する大船渡線BRT
大幅にルートを組み替えることもできる

大船渡線BRT(気仙沼~盛間)では、鉄道からの移行にあたって一部で大きくルートが変更されました。

鉄道では、気仙沼駅の後は鹿折唐桑から山間部へ向かい、上鹿折陸前矢作、竹駒、陸前高田と駅が続いていましたが、BRTでは、鹿折唐桑から先は上鹿折に向かわず、三陸沿岸道路や国道45号線を通って海側から陸前高田に向かっています。

大船渡線BRT・気仙沼陸前高田間のルート図(筆者作成)

上の地図はこの区間のルート図ですが、鉄道が山間部(グレーの線)を通っていたのに対し、BRT(青線および赤線)は海沿いに抜ける形に変更され、元の鉄道線の一部(陸前矢作陸前高田間)は支線のような形でBRTが運行されています。

当初、この新しいBRTの区間には長部(おさべ)漁港近くの長部駅しかありませんでしたが、その後、南から順に八幡大橋(東陵高校)、唐桑大沢、陸前今泉、奇跡の一本松と駅が増設されています。それぞれの近くには、高校や商業施設、海沿いの集落、震災後に高台移転した住宅地、市のシンボルとなるモニュメント(奇跡の一本松)があり、地域のニーズに応じて柔軟に駅を増設するといった利便性の向上を実現しています。

上鹿折駅には別の形でアクセスが維持されていますが(詳しくは後述します)、上鹿折陸前矢作の間はルートが途切れることになりました。これによって、この区間を通る一部のニーズには応えられなくなった面があります。

何かを新たに選べば、もともとの何かを切り捨てざるを得ないという面はあります。地域の基幹交通としてどちらを重視するかというのは難しいところで、ここでその是非に立ち入る余裕はありませんが、仮に鉄道からバスに転換するとして、鉄道が通っていたルートをそのまま残さないといけないわけではない、という実例として参考になるのではないかと考えます。

バス停もすべて「駅」と名乗ってもいい

このBRT路線の特徴として、BRTで新たに追加されたものも含めて、停留所をすべて「駅」と称していることがあります。

www.jreast.co.jp

国鉄時代にも、路線が必要であっても地形上や採算面で鉄道の敷設が困難な場所には国鉄直営の自動車線があり、「自動車駅」と呼ばれる停留所はありましたが、それはバスターミナルなど、運行上や営業上の拠点となる停留所に限られていました。

バス停をすべて鉄道と同様の「駅」として扱うことで、鉄道との一体性、連続性を保つことができ、乗車券を全国どこからでも発行することができます。

歩道にポールが立つだけの大船渡線BRT・唐桑大沢駅

また、大船渡線BRTの陸前高田駅、盛駅にはみどりの窓口があります。鉄道でなくてもJRのサービスを残すことはできます。

特に陸前高田駅は、周辺にBRT専用道はありませんが、陸前高田市が設けた交通広場(バスターミナル)に駅舎が再建され、その中にみどりの窓口が設けられています。

陸前高田市の交通広場に再建された、大船渡線BRTの陸前高田

なお、鉄道駅以外でみどりの窓口がある事例としては、他にJRバス関東草津温泉バスターミナル(群馬県)があります。

このように、専用道を伴わないバス路線でもJRのサービス施設を設けることもできる、ということも一つの可能性だと思います。

JRの路線図や時刻表に、鉄道と同等の形で残せる

鉄道を失うことの懸念点として挙げられることの1つに、「路線図や時刻表から町の名前が消える」といったことがあります。それによって全国の人たちの目に留まらなくなり、訪問先として選ばれなくなる、ということです。

しかし、JRが引き続き路線を維持することで、その懸念は払しょくされました。

鉄道と同等に掲載されているBRTの路線図や時刻表(『JTB小さな時刻表 春号』(2022年)より)

つまり、時刻表に詳細な情報が掲載されるのは鉄道でなくても可能、という実例がここにあるわけです。

この考え方を推し進めれば、本来、JR以外が運営するバス路線であっても、鉄道と同等の機能を担う路線であれば、同じように時刻表に掲載してもいいはずです。

実際には、時刻表は第三種郵便物としての制限(重量1kg以内)がきついらしく、そこまで余裕がないとは思いますが、そうした考え方を持っておくのは必要なことだと思っています。

コロナ禍でも減便は行われていない

今年や昨年は、コロナ禍の影響で各地の鉄道では大幅な減便が相次ぎ、それは都市部の鉄道でも例外ではありませんでした。しかし、気仙沼線BRTや大船渡線BRTは、ダイヤの組み換えは行われたものの、全体の運行頻度としては同じ便数を維持しています。

2021年、2022年のBRTのダイヤ改正についてはそれぞれ下記の記事でまとめています。

a-train.hateblo.jp

a-train.hateblo.jp

鉄道代替バスはやがて減便され、そのうち廃止されるというネガティブなイメージが語られることがありますが、必ずしもそうではないという事例ができています。

すぐに減便・廃止されるような路線は、もともと地域のニーズに沿っていなかった鉄道を置き換えることに主眼を置いたため、路線自体がニーズを反映したものになっていないのではないか、ということももしかしたらあるのかもしれません。

JRの設備は何もなくても、JRの路線や駅として維持することができる

この見出しは何を言っているかよくわからないかもしれませんが、大船渡線BRTには上鹿折(かみししおり)という駅があります。

鉄道であった頃は、気仙沼駅盛駅を結ぶ路線上にあった駅ですが、BRTではこの駅は経路から外れることになりました。先にも紹介しましたが、山間部にあるこの駅を通らず、海側の国道45号を通ることになったのです。

その代替として、鉄道にほぼ並行するように運行しているミヤコーバス鹿折金山線の気仙沼駅前~上鹿折駅前の間を、大船渡線BRTの一部として運行することになりました。

大船渡線BRT 気仙沼駅上鹿折駅・唐桑大沢駅間のルート図(筆者作成)

上の図では、左下の気仙沼鹿折唐桑間の青線が鉄道からバス専用道に転換された区間、右上の唐桑大沢にかけての赤線が盛方面に向かうBRTが通るルート、そして左上の上鹿折への黄緑の線がミヤコーバス鹿折金山線(大船渡線BRTとして運行する区間)のルート、並行するグレーの線が廃止された鉄道線のルートになります。

もともと鹿折金山線は気仙沼市がミヤコーバスに運行委託していた路線で、そこに重ねてJRが運行委託する形になったのです。

そして、気仙沼駅鹿折唐桑駅~上鹿折駅の間は、その間にある多数のバス停留所も含めて、JR線と同等の運賃で利用できるようになりました。

ミヤコーバス鹿折金山線のバス。気仙沼上鹿折間がBRTとの表示がある

鉄道の廃線後、すでに上鹿折駅の設備は撤去され、ホームの形がかろうじて残る程度になっています。また、路線バスのバス停にはJRのバスポールも置かれておらず、JRはこの付近に何も設備を持っていません。でも、JRの駅として概念的に上鹿折駅は存在しています。当然、JRの乗車券や青春18きっぷなどでも乗り降りできます。

設備撤去前の上鹿折駅の駅舎とホーム(2020年3月)
設備が撤去された上鹿折駅跡(2022年3月)

ミヤコーバスの「上鹿折駅前」バス停、そして何も見えないけど存在するJRの上鹿折

この事例はかなりユニークですが、「鉄道を廃止して設備を撤去しても、並行バス路線を活用してJRが引き続き路線や駅を維持できる」という意味ではかなり示唆に富んでいて、他地域にも応用が利くのではないかと考えます。

容認可能か検討すべき点

一方、鉄道からバスに転換する際には、当然デメリットも発生します。それは主に輸送力と速度、そして快適性の面です。デメリットの程度や、デメリットを補うためにかかるコストなども、転換にあたって検討する必要があります。

必要な輸送力を確保できるか

バス1台の輸送力は、鉄道車両1両の半分程度と言われています。鉄道車両は連結して運行できるので、1便当たりの輸送力は大きな開きがあります。

前回も「鉄道の特性」として触れた点ですが、バス転換する場合は輸送力の検討が必須です。

気仙沼線BRTでは鉄道と比べ1.5~3倍程度、大船渡線BRTでは1.5~2倍程度の増発が実現していますが、これは、運行業務を委託しているバス会社(ミヤコーバス、岩手県交通)がそれだけのリソースを確保しているからです。あくまで推測ですが、震災で沿線地域が大規模に被災し、路線バスが成り立たなくなったことで、BRTに振り向けるリソースを確保できたという面もあるのではないかと思っています。

そのため、他の地域で単に赤字ローカル線をバス転換した場合に、これほどの増便が実現できるかというと、難しいところが多いのではないかと考えます。

幹線道路が鉄道に沿っているかどうか

バス専用道を用意せずに鉄道をバスに置き換えた場合の所要時間は、幹線道路がどれだけ鉄道に沿っているかに左右される面があります。

平地面積が狭めのエリアでは、鉄道と幹線道路がほぼ並行していて、所要時間の増加を比較的抑えることができる可能性があります。

一方、平地面積が広いエリアでは、鉄道と幹線道路が離れていて、鉄道駅を経由するルートを効率よく設定するのが難しいケースがあります。

一例として、気仙沼線BRTの前谷地~柳津間では鉄道とBRTが並行して運行されていますが、鉄道がこの区間を21分ほどで運行しているのに対し、BRTは下のルート図(赤線)の通り、前谷地駅柳津駅を結ぶ幹線道路がなくジグザグなルートとなっていることから、所要時間は34分と設定されています。鉄道ではおおまかな考え方として「1駅停車するごとに所要時間が1分増える」というものがありますから、仮に鉄道が途中駅でノンストップだとすると17分程度で、その倍の時間がかかるわけです。

気仙沼線 前谷地~柳津間の鉄道・BRTのルート図(筆者作成)

また、険しすぎる地域では逆に、「山沿いに延びる道路」と「トンネルで貫く鉄道」のようにルートが大きく乖離し、所要時間に大きな差ができることもあります。

このように幹線道路が鉄道と離れている場合、その部分だけをバス専用道にする考え方もあります。例えば、現在BRTの整備が進められているJR九州日田彦山線添田~日田間)では、そのうち彦山~宝珠山間のみをバス専用道とすることになっています(下図の青線部分)。

日田彦山線 彦山~宝珠山間の代行バス・BRT専用道(整備中)のルート図(筆者作成)

筑前岩屋駅より南の専用道は、沿線の東峰村がBRT受け入れの条件として要求したもの(おそらく、鉄道が通っていたメガネ橋を観光資源として活かすためだと思います)ですが、彦山~筑前岩屋間は、現在の代行バスが大きく迂回せざるを得ない(上の図の紫線)のと比べると大幅な所要時間の短縮となります。

このように、バスに置き換えた場合に所要時間がどの程度延びるか、バス専用道を導入することでどのぐらい所要時間を短縮できるか、そしてバス専用道を整備する場合は誰が敷設・維持費用を負担するか、ということを検討する必要があります。

速達性と利便性のトレードオフ

気仙沼線BRT・大船渡線BRTでは、駅の増設やそれに伴うルート変更が柔軟に行われ、それによって利便性が大きく向上しています。

一方で、それらは速達性の面ではデメリットになります。

単に駅が1つ増えるだけでも、そこに停車することを考慮してダイヤを組む必要があるため、所要時間が増加します。

また、駅の増加に伴ってルートが変更されれば、それによる所要時間の増加もあります。

例えば、大船渡線BRTでは陸前今泉、高田高校前、高田病院といった、利便性向上のために設けられた駅を経由する普通便と、これらの駅を経由しない快速便があります。

快速便と普通便で経路が異なる、大船渡線BRTの長部~脇ノ沢

これらの駅を含む長部~脇ノ沢間で見ると、快速便の所要時間が19分、普通便の所要時間は26分となっています(2022年3月改正ダイヤの下り便)。

さらに、これらのBRTでは一般道を走行する区間において、公道から施設内に入ったところに停車する駅が数多くあります。

例えば、気仙沼線BRTの大谷海岸駅では、BRTの運行開始以降、国道45号線上に駅が設けられていましたが、道の駅大谷海岸がリニューアルオープンした2021年3月以降、道の駅の中に乗り入れ、建物に面した場所に停車するようになりました。

これにより、道の駅を利用する利便性は向上していますが、一方で、敷地内を走行する分、前後の駅との所要時間が1分ずつ延ばされ、全体では2分の所要時間増となりました。

道の駅大谷海岸へ進入する気仙沼線BRTのバス。左側が国道45号

このように、地域のニーズに応えようとして利便性を向上させるほど、速達性の面ではマイナスに作用します。この両者のバランスをどうとるかも検討すべき点です。

乗り継ぎに必要な時間の増加

鉄道同士の乗り継ぎは、同じ駅構内なら10分以内、同じホームの両側に停車して乗り換えができる場合は1分程度という設定も珍しくありませんが、気仙沼駅柳津駅での鉄道との乗り継ぎはもう少し長い時間が取られています。

鉄道とBRTの発車案内が同居する気仙沼駅の発車標

2022年3月改正のダイヤで、気仙沼駅での大船渡線大船渡線BRTの場合、鉄道→BRTは概ね7分~14分(日中の1本を除く)ですが、BRT→鉄道は早朝の2本で13分の他は19分~30分となっています。

また、柳津駅気仙沼線気仙沼線BRTの場合は、鉄道→BRTが6分~29分、BRT→鉄道が11分~25分で、便によってばらつきがあります(BRTの直通便を除く)。

いずれもBRT→鉄道の方が長めに設定されているのは、バスの定時性はどうしても鉄道には及ばないからでしょう。気仙沼線BRTは柳津~気仙沼間の約90%が専用道となっているそうですが、それでも一部には一般道を走行する区間があり、そこで他車の影響などで大きく遅延する可能性もあります。

バスから鉄道への乗り継ぎ時間は、鉄道同士よりは増加するものと見込んでおく必要がありそうです。

また、気仙沼線BRT自体の鉄道と比較した場合の所要時間の増加は、柳津~気仙沼間でだいたい20分ほど(90分前後→110分)であり、前述したような利便性とのトレードオフの関係を考慮したり、増便や駅の増設という大きなメリットと比べると小さく見えますが、鉄道と異なり柳津駅での乗り継ぎが発生している影響で、柳津駅をまたぐ場合の所要時間は大きく増えている面があります。

快適性の低下

短距離利用であればそこまで気にならないかもしれませんが、気仙沼線BRTは全線で2時間以上、大船渡線BRTも1時間以上かかる長距離路線です。それを路線バス車両で運行していることから、快適性は鉄道より劣ります。

仮に、高速バスなどで用いられる長距離向けの車両を導入できれば車内の快適性は改善しますが、乗降箇所が前扉の1箇所に限られ、通路も狭いため、乗降に時間がかかって定時性や速達性に影響が出るという課題もあります。

また、バス車両は車内にトイレがないというデメリットもあります。

気仙沼線BRT・大船渡線BRTでは、鉄道から引き継いで設けられている駅については、一部を除いて駅にトイレが設けられています。また、道の駅などの施設内にある駅は施設のトイレを利用することもできます。ただ、いずれにしても基本的にいったん下車しての利用になるので、鉄道よりも注意を払う必要があります。

大船渡線BRT・小友駅のトイレ。駅名板の裏に女子トイレがある

人手不足は鉄道もバスも大きな問題

「バスに転換するとしても、運転手不足で十分な便数を確保できない懸念がある」という主張もあります。

それはその通りだと思いますが、では鉄道であれば安泰かといえばそうでもありません。鉄道でも人手不足は大きな問題であり、バスの人手不足のみを問題とするのはアンフェアです。地下鉄や新交通システムのような路線だけではなく、例えばJR山手線やJR香椎線のような、自動運転用にデザインされていない既存の鉄道路線においても自動運転の導入の動きが進んでいます。

www.itmedia.co.jp

trafficnews.jp

また、2021年春には鉄道各社が一斉に、夜間の保線作業の効率化や労働環境の改善という理由を掲げ、終電繰り上げなどのダイヤ改訂を行ったのも記憶に新しいところです。

www.itmedia.co.jp

一方、自動車の自動運転の研究は様々な形で進められていますが、JR東日本もBRT路線においてバス自動運転の実験を繰り返しています。その経緯は下記の記事にまとめられていますが、2021年には一般から招待しての試乗会も行われています。

www.itmedia.co.jp

JR東日本の実験は現在のところ、バス専用道のみでのものですが、茨城県日立市のひたちBRTでは、一般道も含めた自動運転の研究が進んでいます。一時期は乗車も可能であったので、その時のことを書いた記事があります。

a-train.hateblo.jp

また、JR西日本は車両1台ではなく、隊列走行を含むBRTの自動運転の実証実験に取り組んでいます。これが実用化できれば、バスのデメリットである1便あたりの輸送力の問題の解消に繋がります。

response.jp

まとめ

気仙沼線大船渡線のBRTの事例は、あくまでこの地域の実情、震災復興という背景を踏まえて構築されているものであり、他地区にはそのまま適用が難しい面もあるかと思います。

しかし、その構成要素を抽出すれば、JRが引き続き公共交通を担い、持続可能な形を構築するうえで参考にできるのではないかと考えています。

例えば、鉄道の代替となるバス路線自体は別事業者で担うとしても、

  • JRが運行委託することでJR線扱いしつつ、運賃をJRと同等に抑える
  • 拠点駅では駅舎を活用してJR線の発券窓口やみどりの窓口のサービスを提供する

というような形もあり得るかもしれません。

重要なのは、沿線自治体が「鉄道の廃止か存続か」という問題に矮小化し、廃線に抵抗するだけの対応に終始するのではなく、自ら地域に必要な交通体系を検討し、場合によってはそこにJRの協力を求めるということだと思います。すでに他の地域には参考となる事例がいくつもあるので、それらに学べばさまざまな可能性があるはずです。

沿線自治体が自ら鉄道に代わる交通体系を検討し、JRに協力を求めた事例としては、北海道夕張市の「攻めの廃線」がよく知られています。その経緯や内容については下記の記事などで見ることができます。

toyokeizai.net

trafficnews.jp

要点としては、一時しのぎのような鉄道存続や代替バス運行ではなく、持続可能な交通体系への抜本的な見直しを市が主体的に行ったこと、そしてJR北海道に協力を要請し、JRがそれに応じたことにあります。

もはや呪縛のようにもなっている「鉄道」という重荷から解放され、鉄道事業者も沿線自治体も、もっと必要なところにより多くのリソースを投入できる。そういった形で解決されていくことを願っています。