君と、A列車で行こう。

鉄道とシミュレーションゲーム「A列車で行こう9」を中心に綴るブログ。当面、東北地方太平洋沿岸の訪問をメインにしています。

「鉄道写真」と「写真」~鉄道撮影について考えてみる

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大勢の撮影者が集まる中で撮影した、真岡鐵道のSL重連運転の写真

最初に今回の記事を書く入口の話をすると、きっかけになったのは鉄道撮影に関する以下の事件というかトラブルでした。

akki-trip.com

上記の記事はやや煽り気味なので、その辺注意して読んでいただければと思いますが、要は、今年の5月ごろ、JR越後線において、列車を水鏡で撮影するために、田んぼの畔に人が集まり過ぎて崩してしまったり、まだ水を入れていない田んぼに勝手に水を入れたりするという行為が起きていたという話です。

「列車を水鏡で撮影する」というのは、線路の近くの水面に反射する光を含めて撮影するというものです。あまり適切な作例がなくて申し訳ないのですが、こんな感じです。

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これは、川の水面に映る列車の光と影を含めて撮影した写真になります。こんな感じで、ちょっと印象的な雰囲気で撮れるわけです。

田植えが始まる前、水が張られたばかりの田んぼは典型的な水鏡で、線路沿いに田んぼがある場所は多いですから、そういうところは絶好の撮影地になるのです。

トラブルを起こすのは「撮影に慣れてない人」?

鉄道撮影にまつわるトラブルは数限りない中で、なぜこの話を採り上げたかというと、「水鏡で撮る」手法とその価値を知っているということは、「鉄道写真の撮り方を知っている人」だという証明だからです。

よく、鉄道撮影に関するトラブルに対する意見として、「実際にトラブルを起こすのは慣れた撮影者ではなく不慣れな人が多い」という説があります。

そういう面もあるかもしれませんが、少なくともこの件についてはあてはまらないと考えられます。

いろいろ考えをめぐらしてみると、結局、「鉄道写真の撮り方」という、ごく限られたノウハウばかり詳しくて、

  • 鉄道写真撮影が、写真撮影全般の中でどういう特殊性があるのか
  • 自分でどのように構図を作り、良し悪しを判断するか

といった、広く「写真」として位置づけた場合の視点がどうも軽視されているのではないか、という気がしてきたのです。

この辺を手掛かりに、いわゆる「撮り鉄問題」について考えたことを書き出してみたいと思います。

おそらく、「撮り鉄問題」については何かモヤモヤしたものを抱えている方が多いと思うのです。そういうところに向けて、「こういう風に問題を整理したらもう少し楽に考えられるんじゃないか」的なことを投げかけられれば、と考えています。

いろいろ論点はあるでしょうが、とりあえず

  • なぜ「撮り鉄」は同じ場所に集まるのか
  • なぜ「撮り鉄」は同じ構図で撮りたがるのか

という2点について考えてみたいと思います。

なぜ「撮り鉄」は同じ場所に集まるのか

鉄道でイベント列車が運行されると、大勢の撮影者が集まり、それが理由でトラブルが起きることがあります。冒頭の例で、人が集まり過ぎて畔が崩れるというのもその1つです。

なぜ鉄道撮影は同じ場所に大勢が集まるのでしょうか。

鉄道写真は写真のジャンルの1つなのですが、他のジャンルと比べた時の特徴として、「撮影できる場所が極めて限られる」ということがあります。

まず、鉄道の線路がある場所というのがごく限られています。交通網でいえば、道路は山の中を除けば日本中至るところに張り巡らされていますが、線路はそれと比べるとごくわずかでしかありません。

さらに、その中でも列車が見える場所は限られます。山の中、トンネルの中のような場所もあるし、フェンスが高くて列車がよく見えないというところもたくさんあります。

そして、「名峰がバックにある」「一面に花が咲く」「逆に周囲に何もなくて列車が綺麗に撮れる」など、撮影して絵になる場所はもっと限られてきます。

つまり、撮影できる場所がとても限られるから、というのが1つの理由です。

2つ目の理由は、愛好者がとても多いということです。

例えば、カメラのレンズを製作しているメーカーのTAMRONは、定期的にフォトコンテストを開催していますが、下記のページを見ると、ジャンルを限定して定期的に開催しているのは鉄道だけです。

www.tamron.jp

デジタルカメラで使うSDカードを製作しているサンディスクも頻繁にフォトコンテストを開催していますが、夏休み・冬休みのフォトコンテストでは「鉄道部門」だけ、特別にジャンル限定の部門が設けられています。

www.sandisk-jp.com

それくらい、鉄道撮影の愛好者は多いということです。ある意味、鉄道写真を1つの部門に隔離することで、他のジャンルの写真が鉄道に駆逐されないように守っているとも言えます。

要は、撮れる場所が極めて限られ、かつ愛好者が多いのですから、イベント列車などが走る時には撮影者が集中しやすい状況になります。これは、他のジャンルと比べても際立っていると思います*1

ちなみに、背景はともかく列車だけを綺麗に撮りたい、と思った時、それに最適な場所は「駅」です。なぜなら、駅のホームはその機能上、線路との間に何も邪魔するものがないからです*2。列車が駅に停車するなら簡単に撮影でき、シャッターチャンスも多くなります。その上、駅には鉄道に乗っていけば簡単に行けるので、わざわざ駅間の撮影地まで移動する必要もありません。こういう好条件が揃っているから駅に集まる人が多いのです。

こうして「鉄道撮影は人が集まりやすい」という特殊性を認識できれば、多数の撮影者が密集して撮影することを当たり前と思うのではなく、客観的に見て「これって何か異様じゃない?」と感じるようになるはずです。そして、違う撮り方を模索する人も今以上に出てくるはずなのですが、実際のところ、こういう観点で鉄道撮影の特殊性が語られることはほとんどないように思います。

人がたくさん集まれば、そこでいろいろなトラブルが起きる。その対策として、よくプロの鉄道写真家は「ありきたりな構図に頼らずに自分だけの構図を見つけましょう」と言います。たとえば下記の記事のような話です。

dot.asahi.com

でも、それはなかなかの難題です。

そもそも、自分で構図を考えられるように育ててないですよね? という話です。

なぜ「撮り鉄」は同じ構図で撮りたがるのか

冒頭の話で、水鏡で撮るために田んぼに水を勝手に入れてしまった件。

おそらく、その人は田んぼに水が張られておらず、水鏡で撮れないとわかった時に、他の構図で撮るという選択ができなかったのでしょう。

鉄道が好きで、鉄道写真を撮りたいと思った人がまず知ることになるのは「鉄道写真の分類」です。車両の前面と編成全体を画角内に綺麗に収める「編成写真」、周囲の美しい風景の中を走る列車を撮影する「鉄道風景写真」、その他の分類は諸説ありますが、大別してこの2つが主流と言えます。

次に学ぶのは、それぞれの分類におけるテクニックです。

「編成写真」なら、列車をピッタリ写し止めるためのシャッタースピードの設定、ピントの合わせ方、四隅の余白はなるべく均等にすること、ローアングルの方が綺麗に撮れること、太陽の当たり具合を意識すること、最近の車両のLED表示をちゃんと映すための撮り方*3……というようなことです。

「鉄道風景写真」なら、列車(特に先頭部)をどの位置に置けばバランスが良くなるかという考え方、風景に埋もれずに列車の存在感を表現する方法、主題と副題のバランスを意識すること、画面内の要素を整理すること、絶景になるタイミングを逃がさないこと……というような内容を学びます。

いくつか、Webで公開されている教材を挙げてみますので、参考としてご覧ください。

fujifilm.jp

aska-sg.net

ptl.imagegateway.net

www.keikyu.co.jp

そして、鉄道写真の撮影地情報というのも惜しげなく公開されていますから、一通り勉強した人は掲載されている作例を見て、同じ場所で同じものが撮ってみたいと思うようになるのです。こうして撮り鉄一丁上がりです。

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自分もそうして鉄道撮影を勉強して、一丁上がってそそくさと出かけて撮影してきた、真岡鐵道SLもおかの写真です。この時もめったにない(そして最後かもしれなかった)SLの重連運転ということで、周囲には撮影者が集結していました。

ところが、それからしばらくしたある時期、「鉄道*4以外のものをどう撮っていいかわからない」という思いを抱えたことがあったのです。

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そんな時期に撮影して、しばらくたって見返した時にショックだったのがこのカキ天丼定食の写真。

天ぷらにピントがあってなさそうだという話もあるのですが、根本的な問題は、なぜメイン料理であるカキ天丼をこんなに左に配置してしまったのかということです。鉄道風景写真では、主題となる列車はあまり中央に置かない方がいい、という考え方があって、それにとらわれすぎていました。つまり、「列車は中央に置かない方がいい」というセオリーに対し、「それはなぜか」と深く掘り下げることができていなかったのです。

何が言いたいかというと、「鉄道写真の撮り方」だけでは、自分で構図を考える力はなかなか養われないのではないか、ということです。

もちろん、それでも経験を積んでいけば、試行錯誤したうえで学びがあると思います。これは写真に限らず絵を描く時でも同様で、カメラを持つ前に絵を描き慣れていて構図をちゃんと作れる人は、こういう失敗はしないと思います。でも、前述の通り鉄道写真は撮影地情報が豊富に公開されています。構図の作り方なんか知らなくても、定番の撮影地に行って、同じような綺麗な写真を撮るだけでも十分楽しめてしまうのです。

田んぼの話に戻ると、水鏡で撮る鉄道写真は、分類でいえば「鉄道風景写真」になります。つまり、その人は鉄道風景写真を撮りたかったわけで、そのためには車両と一緒に撮る何らかの風景を選び取ることになります。

ある風景の中で一から構図を考えるためには、まず、その中で何に心を動かされたのか、を自覚する必要があります。それは技術というより感受性の問題です。感受したものを存分に表現できるように構図を組み立てていく、という考え方になるわけです。

そして、自分で考えた構図には見本がないわけですから、構図の良し悪しを自分で判断できないといけません。

これらは「鉄道写真の撮り方」ではなく、広い意味での「写真」の撮り方・考え方になってきます。もっと広い視点でいえば、カメラで受けた光を画像に変換するのも、タブレットにペンで絵を描くのも、最終的には画像ファイルもしくはプリント作品として出力されるという意味では同じことで、つまりカメラは「絵を描く」ための道具の1つですから、カメラに限らず一定の領域に何かを描く際の「絵心」の問題にもなってきます。

つまり、「自分なりの構図を見つけましょう」と言っても、そもそも鉄道写真家は「鉄道写真の撮り方」を教えるだけで、「写真」を教えてないわけですから、それで育ったアマチュアがありきたりな構図に頼ってしまうのは当然の話だと思うのです*5*6

「鉄道写真」から「写真」への回路を

もちろん、鉄道が好きでカッコいい鉄道写真を撮りたいと考えた人が、入り口として鉄道写真の撮り方を学び、鉄道を撮るのはいいんです。

ただ、そこにとどまってしまうと、鉄道撮影の特殊性や、「写真」そのものについて学ぶ機会がなく、自分のやっていることを客観視することもできないままになってしまいます。

そうして鉄道写真の世界に閉じこもってしまうことが、時として行き過ぎた行為を生み出す土壌になっているのではないか、ということを感じています。

鉄道写真の撮り方を学んだ次のステップとして、広く「写真」というものを考える機会へつながる回路を、どこかに用意しておく必要があるのではないか。全員がそこに行くわけではないとしても、視野を広く持てる人が増えることで、ゆくゆくは「撮り鉄」をめぐるトラブルを減らすことにつながるのではないかということを考えています。

とはいえ、「『写真』というものを勉強しましょう」と大上段に構えて言うのもなんだか奇妙なので、誘導するとしたら「鉄道以外も撮ってみよう」という感じでしょうか。鉄道を撮らない時でも、人でも花でも街並みでも料理でも、それぞれを活かす構図を考えて撮ってみる。そこで培われた経験が鉄道撮影にも活きるはず、という感じです。

まとめ

鉄道撮影におけるトラブルについて、「人が集まり過ぎること」「既存の構図に頼りたがること」の2点から考えてみました。

対策として、「人が集まりやすいのは鉄道撮影の特殊性であることを認識し、人気の構図に密集するのを決して当たり前と思わないこと」「鉄道写真の撮り方と既存の撮影地情報に頼るだけではなく、自分で構図を見つけ、良し悪しを判断する力を養うこと」を挙げました。

両者に共通する点として、「鉄道写真」だけではなく、視野を広げて「写真」というものについて学ぶべきではないかと考えています。今、鉄道写真家が教えているのは似たりよったりの「鉄道写真の撮り方」だけですが、そこから、「写真」についての学びにつながるような回路を用意することが、遠回りのように見えますが、撮り鉄問題の軽減に向けて必要なことではないかと考えています。

ちなみにおすすめの動画シリーズ

言いっぱなしで終わってしまうのも少し無責任なので、私がこうして考えを巡らせる上で大きく影響を受けたYouTubeの動画シリーズを挙げておきます。どちらのシリーズも、具体的なテクニックやノウハウではなく、写真に関する「考え方」の部分をひたすら語るシリーズです。

鉄道はスナップの一部としてしか撮らない方なので、鉄道撮影を客観視する上でも有用だと思います。


おっさん写真道 その1  『美しいと感じる回路』


ひよっこ写真道・写真ってどういうものなんだろう? ってみんな悩んでる

*1:もちろん、他のジャンルでも撮影者が集中する条件はあると思います。例えば花火撮影や、気象条件によってごくまれに見られる絶景の撮影などもそうでしょうし、コスプレ撮影や展示会のモデルさん撮影はもう独自の世界という感じですね。

*2:最近はホームドアがある駅も増えてきましたが、まだごく少数派なので。

*3:細かい説明は省きますが、LED表示の場合、シャッタースピードを速くしすぎると表示が欠けてしまう問題があります。一方で、動いている列車をブレずに写し止めるにはシャッタースピードを速くする必要があるため、その相反する要求をどう満たすか、という問題になるわけです。

*4:その頃撮るようになっていた、気仙沼線BRT、大船渡線BRTのバスも含みます。

*5:焦点距離、露出を決める要素(シャッタースピード、絞り値、ISO感度)、ホワイトバランスの設定などは「カメラの使い方」であって、「写真」を教えるということではないと考えています。

*6:おそらく、教える側は「写真全般については別途勉強していることが前提」というつもりで書いていると推測するのですが、「写真」がちゃんと撮れる人は、別に鉄道撮影なんて改めて勉強しなくても、ちょっと試してみれば普通に撮れると思うのです。