君と、A列車で行こう。

鉄道とシミュレーションゲーム「A列車で行こう9」を中心に綴るブログ。当面、東北地方太平洋沿岸の訪問をメインにしています。

JR福知山線脱線事故 その教訓と取り組みの事例について

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JR福知山線脱線事故で、現場近くに設けられた献花台

2005年4月25日の朝、当時は前の仕事を辞めて自宅警備をしていた頃で、たまたま何気なくつけたテレビで見た映像は衝撃でした。

JR宝塚線福知山線)の尼崎駅付近で起きた脱線事故

6両編成の後ろ3両は線路上に停止しているものの、前3両は大きく脱線し、先頭の1両はマンションの壁に激突して大破し……。

そう伝える東京の情報番組。確かに空撮から見える車両は6両です。

でも、事故が起きた207系電車は7両編成なのです。

残り1両は……? もはや正視できないような状況なのでは………!?

心底ぞっとしたのを憶えています。

やがて、先頭の1両は線路から大きく外れてマンションの地下駐車場に突っ込んだことが伝わってきたのは、たしか昼すぎだったでしょうか。

現場の制限を大幅に超過した速度でカーブに突っ込んで脱線し、運転士含め107名が死亡した事故の概況や発生に至った状況については、各種報じられていて皆さんご存知かと思いますので、詳細な記述は省略します。

参考としてWikipediaのリンクを貼っておきます。

ja.wikipedia.org

事故後のゴールデンウィークのある日、現場を訪ねました。

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先頭側(尼崎側)はブルーシートで覆われていました。

JR宝塚線は尼崎~宝塚間で運休となり、6月19日に運転再開するまでの間、並行する阪急宝塚線を中心とした振替代行輸送が行われていました。

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後方側(塚口側)から撮影した写真。線路上に残った車両は、反対側の下り線に移されていました。

70km/hの速度制限標識がありますが、事故調査報告書によるとここに110km/hで突っ込んでいったのでした。

「人はミスをするものである」ということ

事故の原因は直接的には運転士の速度超過であり、その背景として、並行私鉄との競争を意識しすぎた余裕のないダイヤ編成、「日勤教育」と呼ばれた懲罰的な指導、ATS(列車自動停止装置)の整備の遅れなどが挙げられました。

JR西日本はこの事故後に全面的な社内改革に乗り出しましたが、その内容を簡単にまとめるなら、「人はミスをするものである」という認識に立った、ヒューマンファクターの理解に基づく業務改善であったと言えます。

www.westjr.co.jp

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事故直後、現場に向かっていた対向の特急「北近畿」。直前で停車して二次災害は免れた

改善のための取り組みは逐次、車内や駅の掲示物で公表されていきました。

その最初の方に出てきた内容で印象に残っていることとして、「山陽新幹線において山側、海側という呼び方を廃止した」ということがあります。

山陽新幹線では、本州区間は北側が中国山地、南側が瀬戸内海になります。だから山側と言えば北側、海側と言えば南側だったのですが、九州の小倉~博多間ではそれが逆転し、北側は玄界灘などの海域になります。つまり、使う場所によって意味が異なり、情報が誤って伝わってしまう恐れがあるため、この呼び方は廃止することにしたのです。

あれから15年。

もちろん完璧というわけではないのですが、ヒューマンファクターを重視した業務改善は、他の鉄道会社にも影響を及ぼす成果を挙げてきたと考えています。

その事例をいくつか挙げてみたいと思います。

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現場付近に停車していた117系の快速電車

乗客の利便性より乗務員の労務環境改善を優先させたダイヤ改正

2009年、JR西日本は「福知山線事故の反省に立ち、乗務員の労務環境を改善するため」として、京阪神地区の大幅な終電繰り上げを伴うダイヤ改正を行いました。

通常、列車本数を減らすなどのサービス低減を行う場合、「ご利用状況に合わせて」、つまり、需要が少ないから廃止します、といった理由付けをするのが一般的です。

それまで、鉄道というのは「乗客の利便性を限界まで優先する」のが当たり前でした。多少の無理を抱え込んでも、需要がある限りは踏ん張って乗客のために尽くすことが美徳とされてきました。

そうではなく、自社で提供できるサービスの限界をさらけ出した上で、「この範囲でサービスを提供します」ということを明確に打ち出したのです。これはかなり異例のことで、後に述べる計画運休に至る流れを作った事例だったのではないかと考えています。

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事故現場近く。スクラップ状になった車両が見える

台風・豪雨に備え予め列車の運行をすべて停止させる「計画運休」の実施

最近の台風・豪雨災害において注目されるようになった「計画運休」は、JR西日本が先鞭をつけて2014年に実施したものでした。

これも当時としてはかなり大胆な施策でしたが、2009年ダイヤ改正で、自社のサービスの限界を提示してのダイヤ改正を行い、それを定着させたことで、「利便性よりも安全を最優先にする」という施策も可能と判断したのではないかと考えています。

最初の実施例は台風の勢力が弱まって空振りとなり、その後、逆に計画運休をためらったことで満員の新快速電車が駅間で長時間動けなくなるなどの失敗もありつつ、次第に「空振りに終わったとしても事故が起きるよりはいい」という考え方が社会に定着し、他の鉄道会社に波及していくことになったのはご存知の通りです。

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現場近くにはマスコミ各社が詰めかけて取材を続けていた

酔客の線路への転落を防ぐ「ベンチの向きを90度変える」施策

ホームのベンチで眠っている酔客は、立ち上がるとそのまままっすぐ進んでいって線路に落ちることが多い。

そういった研究結果から導かれたのが、一般的に線路に向く形で設置されていたホーム上のベンチを、「90度向きを変えて線路に向けないようにする」という対策でした。

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線路を向かないように並べられたホーム上のベンチ。大阪環状線弁天町駅にて

もちろん、ホームドアを付ければ包括的な対策になるのですが、設置にはコストもかかるし、鉄道駅のすべてにホームドアをつけるのも現実的はありません。

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線路に完全に背を向けて置かれたベンチ。琵琶湖線野洲駅にて

その点、向きを変えるというのは簡単でそれなりに効果があるため、JR西日本が各駅で次々と実施していったのを皮切りに、他社でも導入する駅が増えてきています。

 

このように、あの大事故から15年の取り組みの中で、鉄道の安全対策として画期的な事例もいくつか出てきています。

「事故を風化させてはいけない」と言われますが、単に記憶にとどめるということだけではなく、具体的な行動として示していかなくては意味がありません。そして、それはひとりJR西日本だけの責務というわけでもありません。

その意味では、JR西日本の内部においてさらに取り組みを深化させるとともに、鉄道会社、ひいては公共交通を担う事業者全体で共有していくことが、今後も引き続き課題となっていくのではないか、ということを考えた15年目の日でした。