君と、A列車で行こう。

鉄道とシミュレーションゲーム「A列車で行こう9」を中心に綴るブログ。当面、東北地方太平洋沿岸の訪問をメインにしています。

ICカードサービスの新たな挑戦か JR西日本、北近畿エリアへのICOCA導入を発表

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SuicaICOCAの相互利用開始記念カード

少し前の話になりますが、7月9日、JR西日本はこれまでICカード非対応だった北近畿エリアにICOCA利用範囲を拡大することを発表しました。

www.westjr.co.jp

1 北近畿エリアで新たにICOCAが利用できる駅

福知山線丹波大山福知山駅間の各駅
山陰線:船岡~胡麻駅間の各駅、綾部駅和田山駅八鹿駅江原駅豊岡駅城崎温泉駅
舞鶴線西舞鶴駅東舞鶴駅
播但線生野駅竹田駅

2 サービス開始時期

2021年春予定

 同記事には、利用可能になる範囲として下記の図が公開されています。

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もともと、北近畿エリアは京阪神から近く、大阪・京都から特急が頻発し、城崎温泉・豊岡・竹田城跡・福知山城・舞鶴や、北側の京都丹後鉄道の天橋立など、山から海まで、そして温泉から海軍まで変化に富んだ観光資源に恵まれたエリアです。

JR西日本が北陸・山陰・南紀方面にICカードの利用範囲を拡大する中で、京阪神から近い北近畿エリアに導入が進まないのは一つの不思議ではありました。

ただ、その理由というのは素人なりに推測が付くこともあり、そのために、「いよいよ乗り出すんだ」という感覚で受け止めた面もあります。その辺について書いておきたいと思います。

JRの運賃制度とICカードの相性の悪さ

ICカードの前身となるプリペイドカード(JR東日本の「イオカード」、JR西日本の「Jスルーカード」)も含めてですが、こうした運賃精算サービスは、JRが国鉄から引き継いだ運賃制度とは相性が良くないのです。

こうしたサービスは、乗車・降車の際にカードを機械に読み取らせ、「乗車駅」「降車駅」の2つの要素で運賃を計算します。途中の経路を把握する仕組みがないため、経路は最短経路を通ったものとして判断します。

JR以外の鉄道では、もともと同じように最短経路で計算する運賃制度になっているか、複数経路が存在しないような路線形状なので大きな問題はありませんでしたが(一部、プリペイドカード導入の際に制度を変えたところはあったと思います)、JRの場合は、基本的には「乗車駅」「降車駅」に加えて「乗車経路」も考慮して運賃を算出することになっています。

例えば東京-大阪間を移動する時には、一般的な東海道本線ルートの他に、中央本線関西本線を経由するルート、さらには北陸新幹線サンダーバードで移動する経路、名古屋から紀勢本線を回るルート、その他数え上げればキリがないほどのパターンがありますが、それぞれ乗車経路をもとに営業キロ(あるいは運賃計算キロ)を計上し、それに対して運賃を徴収するわけです。

この「乗車経路」の特定が難しいのが、プリペイドサービスとJRの運賃制度が相性が悪い、という所以です。

ところで、JRのそうした基本的な運賃計算方法には例外が多数あり、特にプリペイドサービスとのかかわりが深いのは「大都市近郊区間」制度になります。

昔から東京駅付近・大阪駅付近・博多~小倉間という網状の路線網があるエリアに適用されていた制度ですが(名古屋になかったのは、名古屋駅を中心とした放射状の路線形状だったためと思われます)、その最大の特徴は、「区間内の運賃は、実際の経路にかかわらず最も安くなる経路で計算する」というものです。

これがプリペイドサービスとの相性がいいため、サービスの拡大に伴って、その運賃計算の根拠として大都市近郊区間を拡大・新設する形で対応してきました。

プリペイドカードの導入の際に東京・大阪近郊区間が拡大されたほか、Suicaの導入に合わせて仙台近郊区間新潟近郊区間が新設され、東京近郊区間はさらに拡張されました。

もちろん、ICカードには特別に各社の利用約款があり、「実際の乗車経路にかかわらず最も安くなる経路で運賃を計算する」ということはそこに明記されているのですが、それでも、JR各社は「複数経路がなるべく発生しないようなエリア設定」+「大都市近郊区間の拡大」という形で、できるだけ通常のきっぷと大きくずれが出ないように対応してきました。その現状を見てみたいと思います。

(なお、話を簡略化するために新幹線はいったん考慮しないものとします)

JR北海道JR東海の場合

JR北海道JR東海は、営業エリア内に「大都市近郊区間」がありません。

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JR北海道の「Kitaca」対応エリア。(画像出典=JR北海道Webサイト)

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JR東海の「TOICA」対応エリア。(画像出典=JR東海Webサイト)

JR北海道の場合は、札幌駅を中心とした枝分かれとなっており、経路の問題を気にする必要はありません。

JR東海はエリアを拡大したために金山・岐阜・多治見の範囲で複数経路が発生しましたが、名古屋近郊のそれほど大きくないエリアのため、あまり大きな問題はないと判断しているのかもしれません。

JR東日本との境で、函南下曽我からそれぞれ1駅延びれば(函南→熱海、下曽我国府津JR東日本との通し利用も可能になりそうなのですが、その障害の1つは国府津~沼津間に複数経路(東海道線経由、御殿場線経由)が発生することではないか、という説があります。

JR東日本の場合

JR東日本は路線の規模が大きく、網状になっているエリアも多いため、サービスの拡大にあわせて大都市近郊区間を拡大する形で対応してきました。

JR東日本の各エリアと、大都市近郊区間を対照させる図を作成しました(エリア案内図の画像はJR東日本Webサイトによります)。各図の赤枠が、対応する大都市近郊区間になります。

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北はいわきから西は松本まで、広大な範囲となった東京近郊区間。他社エリアや新幹線を除いて、Suicaエリアはそれとほぼ同一となっています。利用者数が少ない盲腸線(赤の点線で記載した烏山線鹿島線久留里線)がSuica非対応という程度の差です。

ただ、大都市近郊区間は、運賃計算方法の他に「区間内は途中下車不可、有効期間は1日」という決まりもあり、特に長距離利用者にとってはサービスが低下する面もあることから(しかも、ICカードではなく通常のきっぷでも適用される)、あまりにも拡大された範囲については批判の声もあります。

今後さらにSuicaを拡大していくにあたって、引き続き大都市近郊区間と一致させていくのかどうかは気になるところです。

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仙台近郊区間新潟近郊区間は、Suicaの導入にあたって新設されたもの。それだけにSuicaのサービスエリアとはほぼ一致しています。石巻線石巻~女川間がSuica非対応、というぐらいのものです。

新潟近郊区間はそれほどでもないのですが、仙台近郊区間はすでに山形・福島・郡山を含むそれなりの範囲となっていて、これ以上拡大するのかどうかは東京近郊区間と同じ問題がありそうです。

JR西日本JR四国の場合

JR四国JR西日本の「ICOCA」の一部のため、同一のサービスとして扱います。

富山から山口までの広大な単一エリアとする代わりに、原則として乗車駅から200kmの範囲で利用可能にする、という動的なエリア制限を設けたJR西日本。かつて、京阪神エリア、岡山エリア、広島エリアなどが設定され、エリアをまたぐ利用に制約があった「エリアまたぎ」の問題を解決する手法の1つと言えます。

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上の図は、ICOCAエリア(画像出典=JR西日本Webサイト)に、大阪近郊区間の境界を書き加えたもの。また、大阪近郊区間内でICOCAサービスを提供していない区間は点線で記載しています。

この図を見ると、複数経路が発生するエリアはほとんどが大阪近郊区間に収まっています。

残るは相生~東岡山間(山陽本線赤穂線)、岡山・総社・倉敷間、三原~海田市間(山陽本線呉線)ですが、三原~海田市間を通過する場合の運賃計算については、もともとどちらを経由しても短い山陽本線経由で計算する、という特例があります。したがってICカードで通過した場合にも、どちらを通っても山陽本線経由で計算する形で問題ありません。

また、相生~東岡山間はどちらの路線を通っても運賃計算キロは大きく変わらないこと(山陽本線60.6キロ、赤穂線63.1キロ)、岡山・総社・倉敷間はエリアが小さいことなどを考慮し、きっぷと異なる扱いにしても大きな問題はないと判断しているものと思われます。

JR九州の場合

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JR九州には福岡近郊区間があり、上記の通り、鹿児島本線筑豊本線篠栗線など、複数経路が発生するエリアをもともとカバーしています(エリア案内画像出典=JR九州Webサイト)。

長崎~諫早間にも複数の経路がありますが、もともと長崎駅を中心とした近距離輸送の実態としては、いちいち経路によって運賃を分けているわけでもなさそうで、大きな問題はないものと思われます。

北近畿エリアへの拡大がもつ懸念点

これまで見てきた通り、複数経路が発生する場合に、ICカードサービスにおいて乗車経路が特定できない点については、

  • 大都市近郊区間に吸収する
  • 通常のきっぷとは一致しないもののそのまま容認する(おそらく、利用実態や影響範囲を踏まえ、概ね問題ないと判断している)

の2つの対応法が見られました。

そこで、今度拡大する北近畿エリアについて見てみます。赤線で大阪近郊区間の範囲を書き加えてみました。

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こうした拡大をすると、懸念点としては具体的に以下のようなものがあります。

京都から福知山へ行く場合、山陰本線経由と大阪経由で運賃が変わるはずが、どちらも山陰本線経由で処理されるようになります。

京都~(山陰本線経由)~福知山は88.5キロ、京都~大阪~篠山口~福知山は157.0キロ。本来は経路に応じた運賃を徴収すべきという立場に立てば、ICカードなら仕方ない、と見逃すにしては結構大きな差があります。

また、それが滅多に発生しないような話かというと決してそうでもなく、例えば京都付近から城崎温泉へ特急列車で向かう場合、列車によっては福知山で特急同士の乗り換えが必要になりますが、それを嫌って新大阪から城崎温泉へ直通する特急を選ぶ可能性もあります。参考として、定期列車で京都発の特急のうち城崎温泉直通は15本中3本、新大阪発の特急の場合は14本中6本になります。

姫路~和田山間の播但線についても同様の問題をはらんでいますが、もともと、この区間を経由する「特急はまかぜ」で大阪~和田山間を移動する場合は福知山線経由で運賃・料金を計算するという特例もあり、いろいろややこしそうです。

この京都・大阪・福知山の大きなトライアングルこそが、北近畿エリアにICカードの導入が進まない理由として考えられていた点でした。なので、今回導入を決めたということは、何らかの回答を用意しているということになるはずです。

これらの問題は、JR東日本がやっているように「城崎温泉まで大阪近郊区間にしてしまう」という方法をとれば一気に解決します。しかし、ICOCAの拡大に伴う大阪近郊区間の拡大をやってこなかったJR西日本が、今回そうした対応をするかはちょっと懐疑的です。

もし、大阪近郊区間の拡大なしでこのエリア拡大をやるのであれば、JRのICカードサービスにおける新しい挑戦ということになるのではないか、という気がしますし、「200km制限」を核とする動的エリア設定によってエリアまたぎの問題を解決したJR西日本なら、何か新しい回答を用意しているのではないかという気がしなくもありません。

詳細はまだ発表されていないので、今後どのようになっていくのかは注目したいと思います。