君と、A列車で行こう。

シミュレーションゲーム「A列車で行こう9」を中心に綴るブログ。

結局、自分で作れるものしか作れない

珍しくアルコール入りで書いてますので、変な文章になるかと思いますが、ご容赦ください。


動画制作の議論があちこちで盛り上がってきて、なんかいい流れだなあ、なんて思っています。

少し前、そういうことができる場所はニコ鉄IRCにしかなかったのですが、お互いの距離感とか、場の雰囲気とか、インターフェイスの性質とかで、そういった話は向かないような気がして、こうしてブログに書くようになったことを思い出します。

私の前にはT2さんが、他の作者の動画の感想を書いておられたりしましたが、どういう理由で始められたんでしょうね。


そんな回顧はさておき。

はるラピを続けていて最近気づいたのは、作っていて自分がイマイチだと思ったら視聴者の反応もよくないし、自分で「行ける!」と思ったネタは、やっぱり喜んで見ていただけている、ということです。

動画の作者は、自身ができる範囲の動画しか作れない。視聴者が望んでいるものがわかっていたとしても、作者に作れないものは絶対に作れない。

結局、作者は自分の感覚に依拠して動画を作っていくしかないわけです。動画に限らず、すべての表現物はそうかもしれません。それがどれだけ多くの視聴者の感覚と一致し、受け入れられるかどうかが問題なのでしょう。


なので、動画作者としては、多くの人に受け入れられるような発想力、感性、表現技術……そういったものを磨いていかないといけないのかなと思います。

表現技術については、今、盛んになされているように、お互いに学びあって共有することもできます。
でも、発想力や感性といったものは、いろんな物事の見聞から得られるものなので、誰かが教えるというものでもないし、一朝一夕に向上するというものでもない気がします。


なので、自分の動画のクオリティを高めたいということを考えている人には、表現技術を磨く一方で、見聞を広めるということも考えてほしいなあ、と思っています。

もちろん、さっき書いたように一朝一夕に向上するというものでもない以上、正直、今のシリーズで期待するのは難しいように思える作者の人も多いんですけどね。


見聞ということで、少し手前味噌っぽいですが具体的なことを書いてみます。

学生の頃、北は稚内から南は……えっと、西大山?(指宿枕崎線)まで、いろんなところに行きましたが、最初に大きなインパクトを受けたのは、それまで新幹線で通り過ぎるだけだった東海道を、普通列車(快速含めて)で乗り通した時だったでしょうか。
それまで、「湘南」「静岡」「名古屋」「湖南」などというのは、新幹線の車窓に映る、単なる「風景」に過ぎませんでした。しかし、普通列車に乗ってみると、当然そこで暮らす人たちがいて、それぞれの地域の匂いがあって、それぞれに美しい景色がある。
帰省で関東に向かったときに、熱海で快速アクティーに乗り、首都圏風の発車メロディーを聴いたときの懐かしい感覚。逆に、大阪に戻る際、米原で新快速を見た時の「帰ってきた」という感覚。
そういう新鮮な経験にはまって、いろんなところに行くようになったのでした。

その頃に私が感じたものを表現して、いくばくかでも共有してもらえたら。それが私のA列車動画のベースになっているように思います。


もちろん、鉄道じゃなくてもいいんです。日常生活でも、少女系アニメでも、なんだってOKです。
そこで得た感情、喜怒哀楽は、全部、表現のタネにすることができる(自動的に「なる」のではない気がします)んだろうと思います。


全然取り留めのない話になりましたが、とりあえずこんなところで。