君と、A列車で行こう。

旅行などで訪問した場所に関することを綴るブログ。鉄道などの交通に関することが多めです。主にX(旧twitter)では書きにくいような長文を書きます。当面は大阪・関西万博がメイン。かつてはシミュレーションゲーム「A列車で行こう9」のことをメインに書いていました。

福岡県添田町・東峰村に4人の作曲家が滞在し、制作した楽曲の初演コンサート(2024年度)

福岡県東峰村筑前岩屋駅付近の桜並木と日田彦山線BRT(2025年3月30日)

3月30日、福岡県添田町で行われたコンサート「4人の作曲家と宮川彬良」を観覧してきました。

これは、豪雨災害により鉄道からBRTに転換されたJR日田彦山線沿線地域(福岡県添田町東峰村)の振興のため、福岡県が行っているAIR(Artist in Residence)事業の集大成となるコンサートで、2023年度に続いて実施されたものです。

1年前の2024年3月31日に開催された、2023年度の締めくくりとなるコンサートについては下記の記事で書きました。このAIR事業についても詳しく書いていますのでご覧ください。

a-train.hateblo.jp

2年目は1人減って4人での滞在に

このAIR事業は、選考で選ばれた数名の作曲家が福岡県の添田町東峰村に1ヶ月ほど滞在し、地域の人々と交流したりしながら得た経験をもとに、楽曲を制作するというものです。初回の2023年度は5名の方が現地に滞在されていましたが、2回目となる2024年度は1人減って4名となりました。

まあ、募集人数が「4名程度」なので、選考の結果によって1人減ったり増えたりというぐらいは誤差の範囲でしょう。

今年選出された方では、初回に参加されていた小鹿紡さんが連続での参加となっています。このあたりの選考の理由はわかりませんが、個人的に思うのは、継続してやっていく事業であれば、全員新しい人に入れ替わるよりは、音楽家の中にも経験者がいる方がいいのかなという気がします。それは、過去の蓄積を継承していくという理念的な意味合いもあるし、音楽家同士で以前の経験なども伝えられたら、現地で滞在を受け入れる側としても少しやりやすい面はあるのかもしれません。

現地でのアウトリーチ活動(音楽の普及のために音楽家がミニコンサートやワークショップなどを行うこと)の中では、前回参加された西下航平さんがゲスト参加されたこともあったようです。やはり前回からの継承というところもいろいろ意識されていたのかな、という気がします。

(2025/4/2追記)現地での活動の様子について、福岡県庁から動画が公開されました。

www.youtube.com

披露された楽曲についての感想

会場は昨年と同じ、添田町のオークホールです。昨年のコンサートの時は、だいたい席が8割ぐらい埋まっているという感じだったのですが、今年はざっと見た限り、9割以上というか、ほとんどすべて席が埋まっているという印象でした。それだけ、事業の知名度も上がってきたということなのでしょう。

あくまで地元の方々のためのイベントなので、もし満員になるようであれば私は辞退すべきだと思っています。ですから、来年はもう観覧できないかもしれません。むしろそうなればいいなとも思います。

福岡県添田町のオークホール。外観と屋外のオブジェ

昨年と同様、前半は宮川彬良さんの指揮・進行でポピュラーな楽曲などが演奏されました。休憩を挟んで後半が、九州交響楽団の首席指揮者・太田弦さんによるAIR事業で制作された4曲の初演でした。

一度聴いただけで感想を書くのもなかなか難しいですが、聴きながらメモした単語などを頼りに、自分なりの解釈を含めて書いていきたいと思います。

楽曲についての作曲者のコメントは、下記ページに掲載されたPDFから引用させていただきました。

www.pref.fukuoka.lg.jp

小鹿 紡さん/水の記憶

豊かな自然と神社がある湧水の名所で、水の音とともに日々を過ごしました。代々伝わる盆踊りに参加したり、日々交流した方々の地域への熱い思いを受け取ったり、ダムの底にかつてあった人々の暮らしに思いを馳せたり…2年分の繋がりから私の中に残るものや、地域の方々の大切な思い出を「記憶」としてオーケストラにしました。

パンフレットなどではおそらく、作曲家のお名前の五十音順に並べられているのですが、ここでは実際に演奏された順で書いていきます。

最初は、昨年に引き続いての参加となった小鹿紡さん。前回は、光のさまざまな姿を通して地域のありようを描く「ひかりのみち」という曲でした。

前回の滞在時期は11月から12月で、日の出は遅く日没は早く、太陽の光は斜めから差し込み、何かと光と影を意識することが多い時期だっただろうと思います。

今回は夏に滞在されていたことから、滞在中、常に水が流れる音が聞こえていたそうで、そこから水をテーマに選んだということです。添田町英彦山の名水があり、東峰村は岩屋湧水で知られています。

BRTひこぼしラインのバスに添田駅から乗ると、最初は彦山川、釈迦岳トンネルを抜けると宝珠山川、そして大肥川というようにずっと川に沿って走ります。

(左)添田町彦山川とBRTひこぼしラインのバス(2023年9月)
(右)東峰村の岩屋湧水販売所

最初はバイオリンのハーモニーで、水の透明感のような表現から始まります。そして木管楽器やホルンが加わり、おそらく水が流れる周囲の自然風景、水が湧き出る森といったものが描かれているように感じられました。

やがて金管楽器が加わり、太鼓のリズムに乗ったお祭りのパートに入っていきますが、その中でもバイオリンは透明感のあるハーモニーを奏で、通底する水の存在が感じられます。なんとなく、川の流れと地域のありようを描いたスメタナの名曲「モルダウ」を思い出しました。

後半には金管楽器が鳴り響く激しいパートもあり、最後はさまざまな記憶がフェードアウトしていくような温かい終わり方でした。

水は穏やかで綺麗で恵みをもたらしてくれるだけではなく、人の暮らしを変えてしまうこともある。小鹿さんは、目の前で話をしている人が、50年前まではダムに沈んだ底で暮らしていたということに衝撃を受けたそうですが、考えてみれば、こういうAIR事業があってコンサートをやっているのも、2017年の九州北部豪雨がすべてのきっかけなのです。

だから「水」をテーマに選んだ時点で、ポジティブな面だけでなく、地域の歴史に水がもたらした影響なども視野に入れるつもりだったのかもしれません。前年の蓄積もあって、より深いところの表現に分け入っていったのかな、というような印象を受けました。

宮下 亮明さん/土に還る/土をこねる~Sol-E-D-A音列のパラフレーズ

福岡市出身の私にとってこの度の添田町東峰村への滞在は、これまでの私自身の"福岡観"を大きく変えた貴重な機会となりました。

楽曲の創作にあたっては、明確に表現したい情景を各町村から一つずつ選び、曲の冒頭・最終部に配置し、各情景をつなぐ音楽的なストーリーを曲の中間部に展開させました。

本事業に関わられている全ての皆様との出会いと温かいご支援に厚く御礼申し上げます。

まずサブタイトルの「Sol-E-D-A音列のパラフレーズ」について説明しておくと、言葉を音名に分解して、その音名でフレーズを作るという趣向のようなものです。ここでは、添田町の「Soeda」を音名に分解しています。

「Sol」はイタリア語の音名、「E-D-A」はドイツ語の音名です。下の譜面の通り、イタリア語音名でいう「ソ-ミ-レ-ラ」の音列でフレーズを作るわけです。

ここまでは事前に理解していたものの、サブタイトルを見て、「さすがに東峰村はないのかな?」と思っていました。そうしたら、なんとちゃんと答えが用意されていたのです。

「イロハニホヘト」で表す日本語の音名では、「ソ-ミ」は「ト-ホ」になります。演奏後に宮下さんからこれを明かされた時には、ははーっ参りました、と降参するしかありませんでした。

「ソミレラ」の音列が出てくることはタイトルから察していて、どこに現れるのかとずっと注意して聞いていました。しかしなかなか聞き取れず、最後の方でようやく、メロディーに現れたのを把握することができました。

その理由はたぶん、「ソミレラ」の音の高さがどう変化するのかがわからなかったためだと思います。下の楽譜の通り、「ソミレラ」といってもいろんなフレーズが考えられるのです。

だから推測になってしまいますが、最初の伴奏やメロディなどから、いろんな形で「ソミレラ」の音列は顔を出していたのだろうと思います。「パラフレーズ」(言い換え)というタイトルの言葉からも、繰り返し何度も現れるものなのだろうという気がします。

楽曲の中身は、展開が目まぐるしく変わり、正直言うと何を表現しているのかという把握が難しかったです。ただなんとなく、「土をこねる」というタイトルの言葉から、東峰村の伝統産業である小石原焼、高取焼の器を作る過程を描いたのかな、という気がしていました。

アルトフルートの低音を活かした、篠笛のような渋いソロは職人のたたずまい。山から土をいただき、その土をこね、ろくろを回して形を作り、飛びかんなを当てて模様を刻み、高温の炎で焼く!というような、さまざまなシーンが描かれている感じがしました。

(左)添田町特産の土鈴「英彦山がらがら」 (右)東峰村の小石原焼の器

演奏後に宮下さんが語られたのは、鹿よけの罠を見に行き、罠にかかって動けなくなった鹿が土に還るのを見て感じるものがあった、という話。なるほど、楽曲の中になにか敬虔さのようなものが感じられたのは、そういったところの表現も含まれていたのかと思いました。

飯野 和秀さん/Legend of HIKO-山影に刻まれた神話-

「Legend of HIKO-山影に刻まれた神話-」を作曲しました。英彦山についてのお話を中富正泰さんから伺い、人々が英彦山に守られ、誇りに思っていることに感動し、楽曲に込めました。

場面によって副題が付いており、「夜明け」「神々が宿る街」「神の降臨、森のざわめき」「天照の神」「神々と人々の勝利の唄」の5つの場面に分かれております。森のざわめきを表す特殊奏法やヴィオラ・ヴァイオリンのソロもあり、見て楽しく聴いて驚ける作品です。

飯野さんは本職がヴィオラ奏者ですが、すでにある曲を演奏するだけではなく、自ら「0から1を作る」ということをやりたくて作曲活動にも取り組んでいるそうです。

この日の演奏では、飯野さん自身がヴィオラソロ奏者として楽団の前に立ち、途中の長いカデンツァ(無伴奏のソロ)も含めて演奏をされていました。

AIR事業の新曲が演奏される前の休憩中、ホールから出てロビーの椅子に座っていたのですが、それがたまたま作曲者4名の方の控室の前でした。その控室の中から弦楽器の音が聞こえてくるので、なんでかな? と少し気になっていたのですが、たぶんこの演奏に備えていたんでしょうね。

この曲は、楽曲の説明として副題を書いていただいていたので、それに沿って聴けば理解しやすい曲でした。静かな出だしからやがて「伝説」という言葉に相応しい壮大な展開へ。これが「夜明け」「神々が宿る街」の部分でしょう。

中間で場面が切り替わり、弦楽器の細かいトレモロが木々のざわめきを表現するシーンへ。やがてそのざわめきの音が上昇して強く大きくなっていくのが「神の降臨」なのでしょう。そしてヴィオラカデンツァで天照の神の姿を描き出した後は、堂々たる賛歌で締めくくるという展開でした。

なお、パンフレットには字数の関係で載せられなかったという、飯野さんによるプログラムノートがこちらのポストにあります。

実は「勝利」という言葉に若干ひっかかりがあったのですが、

普段の生活の中で意識してなくてもちゃんとこの英彦山の存在を感じる。自分たちには英彦山が勝利をもたらしてくれる。英彦山は自分たちを見守ってくれている。自慢の地元だ。

こういったお話を受けて書かれたんだな、ということで納得した次第です。

添田町英彦山神宮奉幣殿(2023年9月)
内田 拓海さん/風の棲む町

東峰村添田町、この二つの土地を題材に"一つの曲"を書くことは私にとって大きな挑戦でした。実際に滞在し、それぞれの土地の性格や文化があまりにも異なることを肌で感じたからです。そこから悩み、熟考した末に浮かび上がってきたのは、町を行き交う人々の足取りと、豊かな大地を吹き抜ける風の音でした。本楽曲「風の棲む町」は、私が滞在中に感じた町の風景と、そこに生きる人々の姿を音で描いたものです。

内田さんが率直に書かれている通り、そもそも添田町東峰村ってそんなに繋がりが強い地域ではないと思うんです。添田町は「田川郡添田町」であり、東峰村は「朝倉郡東峰村」で、所属している郡自体が違います。地形的にも、添田町東峰村は釈迦岳で隔てられているのに対し、東峰村大分県の日田市と地続きで、西鉄バスの路線も朝倉市の方に通っています。つまり、添田町は北側の田川市と結びつきが強く、東峰村は南側の朝倉市大分県日田市と結びつきが強いと言えるのではないかと思います。

逆に言えば2つの地域を繋いでいたのがJR日田彦山線であり、今はBRTがその役割を受け継いでいるとも言えます。

今回演奏された4曲の中では、メロディが耳に残りやすい楽曲だったと思います。

最初は地域の風土を表現したような雄大なメロディが歌い上げられ、その後、下の譜面のような力強いリズムを刻んで次のシーンに移っていきます(下の譜面は、聴いてメモした音符を譜面化したもので、実際の楽譜とは無関係です)。

やがて、ワルツのような3拍子となりますが、時々ベースにシンコペーションが入る伴奏形は、ジブリ映画のBGMを思い出すような雰囲気でした。

そしてバイオリンを中心としたゆるやかなハーモニーへ。優しく心地よい風とか、田園を吹き抜ける風とか、そういった感じの部分です。やがて金管楽器木管楽器も含めて広い自然風景が描かれ、ワルツの部分がより力強い感じで(たぶん)再現されます。このワルツの部分で、人々の営みなどを表現しているのかなと思います。

最後は冒頭のメロディが再現された後、上述したリズムが次第に強くなっていてエンディングを迎えます。

楽曲全般を通して、音が描く情景を思い浮かべやすい曲だったと思います。

東峰村宝珠山駅付近の風景(2023年9月)

聴いた限りでは私には思い浮かばなかったことなのですが、演奏後のお話では、内田さん自身の人生で感じた、押し潰されそうになる中でなんとか前に進みたいという思いを重ね合わせた楽曲なのだそうです。

添田町東峰村に滞在した経験をもとにした楽曲に、そういう思いを重ね合わせたということであれば、このAIR事業自体を、地域の力だけではどうにもならない人口減少に抗おうとする取り組みだというように、現状をシビアに直視して捉えられているのかもしれません。

コンサートの継続が地域の特色となっていく可能性

今回の4曲は、「水」「土」「神話」「風」と楽曲ごとに明確なテーマがあり、したがって曲のカラーも全く違うということに感じ入るところがありました。

ところで、今回も前回も詳しく触れていないのですが、このコンサートの前半部、宮川彬良さんと九州交響楽団によるショーもとても楽しいものでした。AIR事業の新曲の演奏の後、最後はマツケンサンバIIで締めるというのもすごくいいなと思います。

考えてみれば、年に1回、こうして定期的にコンサートが開かれるということ自体が大きな財産で、今後ずっと続いていけば、それが地域の文化となっていくのだろうと思います。ほぼ満員の来場者があったことも心強く感じます。

前回のコンサートについて書いた記事の中で、とりあえず1年間の事業が終わり、この後をどうしていくのか気になる、という趣旨のことを書きましたが、それから1年がたって考えてみると、地域に根付いていく形はできつつあるのではないか、というように思いました。

さっそく、2025年度も第3期AIR事業を実施することが公表されています。他にはなかなかないユニークな取り組みが、長く続いていけばいいなと思います。

www.pref.fukuoka.lg.jp